Episode1-3 【加護】発動
「すいません。
「いや、アタシも悪かったし……」
アタシとルーガはベッドの上に腰かけていた。
しかし、いやらしい雰囲気などありゃしない。
ルーガはまだ目が痛むのか瞼を閉じているし、アタシもこいつの上着を羽織っているからだ。
『服を着るまで回復魔法は結構!』と言われてしまっては逆らえない。
さすがに今回はアタシに非がある。
「……ったく、なんであんなことしたんだよ。とち狂ったかと思ったぜ」
「いえ、カルラさんが酔っぱらったまま間違えて俺の部屋に来てしまった可能性を考慮しまして」
「えらく細かい可能性だな……。それにしてももっと方法があるだろ」
「すみません。条件反射で、つい」
「目つぶしが反射レベルで刷り込まれているお前にドン引きだよ」
「次から土下座するように心がけます」
「そういう問題じゃねぇからな!?」
こいつ……調子狂うなー。
ふと(閉じているけど)視線がかち合う。
ペースが乱されているのは、これも理由だった。
こいつ……全然アタシの胸を見ねぇ。
胸どころか晒していた素肌にさえ目線が注がれていない。
しばらく経験していない現実に慣れなくてムズムズする。
「それで話は変わるんですが」
「あん? なんだよ?」
「カルラさんはどうして俺の部屋に? 何か用事がありましたか?」
当然の切り出し。
いつもならすでに事の決着がついているんだが、こいつに非がない。
想定外の事態に目をきょろきょろとさまよわせる。
「……カルラさん?」
「あー、いや、そのなんだ。女所帯に男一人だし、何か悩みでもねぇかと思ってよ……。リオンよりもアタシの方が話しやすいだろ」
「カルラさん……そんなに考えてくれて……すごく嬉しいです」
「気にすんな。先輩として当然の役割だ」
あー、くそっ。
気分が悪い。とっさについた嘘なのに簡単に信じやがって……礼を言われる筋合いなんてないのに。
自分が蒔いた種だ。
今日ばかりは多少の愚痴も聞き逃してやろう。
そんでいつまで目を閉じてんだ、こいつ?
「何かないのか? 無礼講だ」
「怒らないで聞いてほしいのですが」
「聞く聞く」
「下着丸見えの寝間着で徘徊するのはやめてもらっていいですか?」
「アタシは痴女じゃねぇよ!?」
でも、説得力がないのは理解している。
今もルーガの私服を借りているし。
こんなピラピラしたパジャマ一枚で男の部屋にいたら勘違いされても仕方ないか。
誤解は解いておきたい。
リオンとの雑談でこの話題が出てしまったらアタシは死ねる。
……いっそのこと正直にゲロっちまうか?
いや、さすがにそれは不味い。
あぁぁぁ……うぅぅぅ……!
グチャグチャになる思考に面倒くさくなったアタシは立ち上がってルーガに告げる。
「ルーガ副団長。一戦やろうぜ」
あと、いい加減に目開けろ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
月明かりに照らされて、俺とカルラさんは木刀を構えていた。
なんでこうなったのか、今でもよく理解していない。
とりあえずお詫びで目つぶししておいたがカルラさんの怒りは鎮まっただろうか。
というか、あんなトラップ仕掛けないでくれ。
理性のブレーキ踏みすぎて焼ききれるから。
俺を思いやっての行動だとわかっても、この想いだけは変わらない。
「ルールは簡単。一本取った方が勝ち。ただの模擬戦だとつまんねぇし……負けた方は何か一つ言うことを聞く。それでいいか?」
「構いません。それでいきましょう」
「最初からこうしておけばよかったぜ」
「あはは……」
カルラさんはやる気満々だが、俺としては手合わせも願い下げしたいのだ。
みんな剣を振るたびにおっぱいめっちゃ揺れるんだよ……!
戦闘中の不慮の事故なら怒られないか?
偶然つまずいて胸に顔をうずめたら笑って許してくれるか?
そんなことを考えていると、カルラさんがいきなり先制攻撃を仕掛けてきた。
速度に全振りした刺突。
サイドステップを踏んで躱して、彼女の軸足を狙って蹴りを放つ。
それをカルラさんは後ろへ跳んで避けた。
始めの合図もない完全な不意打ちだったが文句はない。
これは実戦形式。相手を待ってやる道理はないのだ。
それよりも注目すべきは先のカルラさんが踏み込んだ跡。
一目でわかるほど大きく地面が削られている。
タネはすぐにわかった。
「なるほど。これがあなたの【加護】ですか」
「正解だ。アタシの【加護】は【
【加護】。この世界に生まれた人間ならば必ず一つだけ神より授かる特別な力。
十歳を迎えると教会で神託を受けて、眠りし力を目覚めさせる。
捉えがたい速度の刺突も、不安定な体勢からの跳躍も【加護】によって生み出された結果。
彼女は常人をはるかに超えた筋力をその身に宿している。
「アタシの一撃は巨漢の太い腕だって叩き折る。あんまり女だって舐めてると痛い目に遭うぜ」
「安心してください。俺は戦いにおいては男女平等に斬れる男です」
「そうこなくっちゃな!」
また木刀の射程外からの一撃。
一歩で詰められるせいで距離感が測りにくい。
【怪力】を利用した短と長の距離を交えたヒットアンドアウェイ。
それでいて速さも重さも十分と来た。
「いつまでそうして受けられるかな!?」
「そんな簡単には負けませんよ」
口では涼し気に言っているが、圧倒的な物量に圧され始めている。
やはり【加護】を使っている彼女と
「おらぁっ!」
「ぐっ!?」
真正面から木刀を打ち付けられる。
上手い……!
力を流しきれなかった木刀は真っ二つに折れて彼方へと飛んでいく。
手元に残ったのは使い物にならない片割れ。
「どうする? 降参するか?」
「……まさか。カルラさんも納得してないでしょうに」
「当たり前だ。まだてめぇは【加護】使ってねぇからな」
「弁明させてもらうと使用条件が嫌なんです。縛りが面倒なので」
「うだうだうるせぇ。とっとと使え」
「手厳しい」
木刀をポイっと放り投げる。代わりに腰に差しておいた短剣を抜く。
真っ黒な刃にイナズマ模様の白線。
そして、俺の【加護】を発動させるためのキーアイテム。
「へぇ……別にいいぜ。それを使っても。当たらなければ一緒だ」
「そんな真似はしませんよ。あくまでこれは模擬戦。怪我をしてまですることじゃない」
だから、使いたくなかったのだが。
俺の【加護】は極めて特殊な部類だ。
カルラさんの【加護】が常時発動型だとするなら、俺のは条件をそろえてようやく使用可能となる。
その分、強力なモノだとわかっていても魔族との戦闘以外では積極的に使いたくない。
自らを傷つけるのは抵抗があるからな。
でも、先輩がせっかく気を遣って俺を外へと連れ出してくれたんだ。
彼女が願うならばできる限り応えたい。
「……カルラさん。約束してくれますか?」
「なにをだ?」
「俺の【加護】を見ても口外しないと」
「なんだ、そんなことか。自分の【加護】隠してる奴なんて珍しくないしな。わかったよ」
「ありがとうございます。それじゃあ」
短く息を吐き出す。
同時に黒刀を腕に突き刺した。
「なっ!? おい、ルーガ!?」
「……カルラさん。【加護】を発動したあとは必死で守ってくださいね」
流れ出す鮮血。
しかし、それは一向に地に垂れ落ちない。
黒刀の白線に赤が満ちていく。
まるで俺の血を吸い取っているかのように。
そして、すべて赤に染まった。
「最初の一撃ですべて終わると思いますから」
『
全ての条件を満たした黒刀から【加護】が顕現する号砲が鳴る。
腕から引き抜いて、大地と水平に構えるとその名を呟いた。
「――黒鎧血装」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アタシは芝の上に寝転がっていた。
……負けたのか。
何の反論もできない結果だった。
たった一太刀。それもただの斬撃の衝撃波によってアタシは倒され、さっきまで気を失っていたのだ。
肝心のあいつは死ぬほど焦った顔で回復魔法をかけていたのだが、思わず笑ってしまった。
あれだけの力量差を見せつけられては逆に清々しい。
副団長に推薦されるだけの実力があることはわかった。
あの剣筋はただの色気野郎には到底真似できない域にある。
ずっと剣に打ち込んできた者だけが昇りつめられる領域。
……うちに選ばれた理由も理解できた。
倒れているアタシに好き放題できたはずなのに、ルーガは手を出すどころか心配ばかりしていた。
あんな間抜けな表情を見てしまっては毒気も抜かれる。
……こいつなら……いいかもな。
「……で? アタシに何か言うことを聞かせるのか?」
「いや、しませんよ。誓いを立てた
「アタシはするつもりだったぞ」
「え゛っ」
「……一か月間、アタシの代わりに掃除当番やれーってな」
「ははっ。カルラさんも俺とほとんど変わらないじゃないですか」
本当は追い出すつもりだった……とは言わないでおこう。
その分、これからはもっと積極的にかかわろう。
ルーガも男っぽいアタシなら絡みやすいだろうしな。
アタシは起き上がると、手を差し出す。
そういえば顔合わせした時にしてなかったと思いだしたからだ。
「まぁ、これからもよろしく頼むよ、ルーガ副団長殿?」
「こちらこそ全力で努めさせていただきます、カルラさん」
久しぶりに握った男の手は温かくて、指にできた剣だこが頼もしかった。
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