一年前6『増える』

「・・・・・・超能力者って、まさか、本物ですか?」


「そう、今みたいに物体を浮かせる《テレキネシス》なんて序の口さ。他にもおよそ常識では考えられない力を持ってる超人なんだよ。だから君に人格が二つあるって知ることはライカにとっては造作もないことなのさ」


私はライカさんに視線を移した。


「ほ、本当なんですか、ライカさん?」


ライカさんは少し困り顔で、けれど相変わらずの微笑みを私に向けて「ええ、本当よ。ハルちゃんのことを知っていたのもそういうことなの」と言う。


言われればそう思えるし、確かに理由にはなるけれど・・・やっぱりまだにわかには信じ難い気もする・・・。



『じゃあ、これなら信じてもらえるかしら?』



「!!」不意に頭の中で声が響く。それはライカさんの声だった。


私は驚いて「わっ!」と声を上げてしまった。博士はそんな私を不思議そうに見たが、ライカさんの方に視線を移して何かを察したようで、いたずらな笑みを浮かべた。




『《テレパス》よ。超能力ではメジャーな能力の一つでしょ?』




そうやって声が聞こえるが、ライカさんの口は動いていない。

相変わらず微笑んだまま、驚く私を見てウインクを一つしただけだ。


『すごい!本物だ!超能力だ!』と興奮する私。


『・・・まさか、超能力者が実在するなんて・・・』


ハルもかなり驚いている様子だった。


『信じてくれたみたいで嬉しいわ。《テレパス》を使うとハルちゃんも一緒に話せて便利ね』


ライカさんはどこか楽しそうに言った。


「これで分かってくれただろう?」


顎をさすりながら博士が言った。


「ええ、納得しちゃいました」


未だに夢を見ているような気分ではあるが、ライカさんは正真正銘、本物の超能力者だ。私の精神に干渉して、ハルと私と同時に話す感覚が今でも残っている。


「ところで、ライカ。ジンジャーエールが切れた。お代わりをもってきてくれ」と感動する私をスルーして、超能力者に飲み物を要求するメガネ博士。


・・・ていうか、この人は一体何本飲むつもりなんだろう。ペースが速すぎるし、自分で取りにはいかないし。しかし、ライカさんは文句も言わずに、はいはい、と冷蔵庫の方に向かっていった。なんて優しい人だとまた感動しながら私はその背を見送りつつ、ふとした疑問が思い浮かぶ。


「・・・ライカさんって超能力が使えるんだったら、さっきみたいに《テレキネシス》でひょいって持ってきた方が楽なんじゃないんですかね」


と私は博士に訊いた。


「ああ、ライカは普段はあまり超能力を使いたがらないんだ。不思議と奥ゆかしいやつでね。雑を嫌っているって感じでもあるな」


確かに、マンガの超人みたいに能力をやたら使うイメージは浮かばないし、それがどこかライカさんの上品さを醸し出している気がして、私の目には魅力的に映っていた。


「まあ、でも怒ったら怖いけどね。意外と感情的なところもあって僕としてはもう少し物静かな・・・お、さんきゅー」と言い途中でジュースを受け取る博士。


「・・・物静か、が何ですか?感情的にさせるのは大体あなたが原因ですけどね、博士?」


ジュースを私と博士に手渡しながら言うライカさんは、表情こそ笑っていながら、どこか冷ややかな目線を博士に向けていた。それに対して、博士は「アハハ・・・」とぎこちなく笑ってジュースを呷る。


この人たちの上下関係はいまいち掴みづらいところがあるなあ、と思う私だった。



「さて、ライカのことはともかくとして。アオイちゃん、もう一回ハルちゃんと変わってもらってほしいんだけど構わないかい?」と博士が言った。


「あ、はい、構いませんよ」


ハルも了承したようなので、私はハルと人格を交代する。


―――その交代する間の僅かの時間に、ライカはどこか彼女の纏う空気が変わったことを敏感に察知した。それは人格が「染崎アオイ」から「染崎ハル」に変わった瞬間からであった。

染崎ハルは、染崎アオイの身を守るために警戒心が強い人格であるということはわかっていた。

そして、そんな染崎ハルの警戒心と焦燥にも似た緊張感が高まっていることが、人格が入れ替わることで浮き彫りになっていることにライカは気づいた。


「やあ、ハルちゃん。さっきぶりだね」


「・・・・・・」


「・・・おや、どうしたのかな。顔色が悪いじゃないか?」


「・・・・・・」


「それともトイレに行きたいのかな?」


「・・・とぼけないでくださいよ。理由を知っているんですか?」


重々しい口調。そんなハルに、博士は首を傾げて問う。


「理由ってなんのことだい?」


焦らされているような気がしてわたしは苛立った。


「ふざけないでください――――」


怒鳴るように声を荒げた。



「――――誰なんですか、アレは!」



博士は目を丸くして、ライカさんをちらと見た。


「・・・落ち着いてハルちゃん。あなた、いつ気づいたの?」


「ライカさんは知っていたんですか!?どうしてわたしたちに教えてくれなかったんですか!」


わたしが叫ぶように言うと、ライカさんは落ち着いてというジェスチャーをした。


唇をかみ、わたしは言葉を飲み込んで、二度深呼吸をした。


「・・・ついさっき、ライカさんがテレパスを使ったときです。あの時、わたしとアオイの精神の中に初めて他の人が入ってきた感覚を覚えました。すると、不思議と視野が広がったような気がして、ふと精神の隅にまで目がいくようになったんです・・・」


「それで?」


「それでわたしとアオイの精神の中の隅っこに、知らない人格がいることに気づいたんです!」


二人は黙って聞いている。そしてわずかな間を空けてライカさんが口を開いた。


「・・・つまり、ハルちゃん以外の別人格が増えているってことね?」


「ええ。全く気付かなかった・・・。いつからいたのかも全く分からなかった。ライカさん、わたしたちに何かしたんですか?超能力で人格を増やしたんですか!?」


「いいえ、そんなことしてないわよ。精神感応能力は持っているけど、そもそもそんな簡単に人格をふやすことなんて出来ないわ。図らずしもその存在に気づかせてしまったのは私のテレパスなのかもしれないけど、その人格は、私が《テレパス》を使う前からいたのよ」


「・・・どうしてそんなことが分かったんですか?」


するとライカさんはわずかに俯く。


「黙ってるつもりはなかったんだけど・・・私があなたたちの頭を《テレパス》でのぞいた時には既に、『彼女』もいたんですもの」


「・・・・・・なっ・・・!」


ぞくっと背筋に悪寒が走った。声が喉でつっかえて掠れたうめき声が洩れた。

私たちの中に、別の誰かが気づかぬうちに存在していた。そう考えただけで恐怖がゾクゾクと波打った。

その時。


『・・・ハル・・・!ハル!』


ふと、頭の中からアオイが呼ぶ声が聞こえた。


『聞こえる?ハル!』


『聞こえてるよ、アオイ。そこに誰かいるでしょ、下手に接触しちゃ駄目よ!』


『・・・ハル、あなた一体何言ってるの?』


『何って・・・言葉のとおりよアオイ。そこに知らない人がいるでしょ?』


しかし、それに対するアオイの言葉はまったく予想外だった。



『別の人格なんて、そんなのどこにもいないよ!』



『・・・・・・え?』

思考が一瞬遅れて、言葉が出なかった。


初めはアオイがとぼけたふりをしているのかと思ったが、しかし、アオイがそんないたずらな性格じゃないことは何よりもこのわたしが一番よく知っていることだった


『アオイ・・・ひょっとして、気づいてないの?』

アオイには認識できない、とでもいうのか。そんなことが・・・そんなことがあるのだろうか。


『ハルが何を言っているかわからないよ。そんな人見当たらないよ!』


不安そうなアオイの声が聞こえる。精神内に確かに存在する何かを認識できないなんて、問答無用で恐いに違いない。


「アオイちゃんには、知覚できないのね」と不意に言ったのはライカさんだった。


どうやら超能力で頭の中の様子を観ていたらしい。


「・・・なるほど、多重人格障害ではさほど珍しくないケースだね」


と次に口を開いたのは博士だった。ジンジャーエールを飲み、ふうと一息つきながら言う。

わたしたちとは違って、大して取り乱している様子もなかった。


「無意識のうちに人格が解離して、その人格に気づかないことは大いにあり得る話。そういう場合、記憶や行動にぽっかりと空白が生まれたりすることを介して気づいたりするものだけど、ライカの超能力で気づくなんてね」


そう言うと、博士はライカさんの方を向き、意味深に目配せをした。ライカさんは何かを察して、わたしの方に目線を移す。


「ハルちゃん、その人格と交代することってできるかしら?」


「こ、交代ですか・・・?」


そうよ、というライカさん。わたしは少し悩み、アオイに相談してみることにした。


『・・・どう思う、アオイ』


『うーん、ちょっと恐いけど、私は何もわからないから一度やってみるのもありかも・・・』


『でも、アオイ。これはあなたの体なのよ?そんなわけもわからない人格に貸してもいいの?』


『・・・ハル?何度も言うけど、この体は私だけのものじゃないの。あなたのものでもあるの。それは新しい人格さんも同じよ。同じ精神から生まれたのなら、体はみんなで使うべきよ』


アオイは臆病で小心者だけど、この人格と体に関することだけは、いつも自分なりの意思を貫き通す強さがあった。

わたしがいつも気兼ねなく交代できるのは、『同じ精神に生まれた者同士、平等でいたい』というアオイの想いがあってのことだった。


『アオイがそういうのなら・・・』


だから、わたしは優しいアオイのその意思を汲むことにした。


同じアオイから生まれた人格同士、どんな理由があれ、仲良くはしていたいという気持ちがわたしにもあったのだ。


『新しい人、聞いてた?少しだけ表に出てきてもらってもいい?』


わたしがそう言うと、どこかから、ため息交じりの気だるげな声が、


『・・・・・・はあ、わかったわ』


と言うのが聞こえてきた。


そして、その直後。 

記憶の空白が訪れた。

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