2011/3/11 その弐

 この時の私は、なんで泣かなかったんだろう?今の私なら耐えられなくて泣いてるはずなのに。今の私より強かった?そんなことあんの…


「助かります、岩手さん」

「いえいえ、仕事なので…」

 岩手県釜石市。とある学校の手伝いで盛岡から出張に来ていた。

「それにしても、この学校防災意識高いですよね」

「はい、この場所はリアス式海岸の影響で津波が大きくなりやすいのでね」

「生徒達もすごいです、避難訓練すごく一生懸命やってて…」

「一生懸命やらないと、本当に大きな地震が来たとき大変ですから」

「いつか必ず来ますからね…」

 出張に向かった中学校は、とても防災意識が高かった。津波の訓練、影から見ていたが、生徒がとても一生懸命で、先生もすごく真面目に取り組んでいた。

 偶然大災害が起こったときの話をしていたが、この話が後に事実になるなど思いもしなかった。

「先生この後部活ですよね?私がやっておきますよ」

「え、あ!大丈夫ですよ!私がやりますので…」

「いえ、私にやらせて下さい、折角出張で来たんですから」

「本当ですか…?お願いします」

 図書室で本を種類別に分けていく結構地味な作業だったが、本も好きだし、こういう作業も好きだった。

(あ、銀河鉄道の夜に注文の多い料理店…この感じ…沢山の子達が読んでくれてるのか…)

 本から子どもたちからの愛を感じ、自分自身は宮沢賢治じゃないがつい嬉しくなっていた。


(…終わった)

 作業が終わったのは2時半頃。その日は1,2年生の部活が終わる頃だった。

(職員室戻って、帰るように言わなきゃ)

 図書室の鍵を閉め、足早に職員室へ向かった。


「あ、岩手さん!お疲れ様でした~」

「はい、そろそろ帰らせていただきます」

「ありがとうございました、お気をつけて」

「こちらこそありがとうございました」

 本当に、本当に帰る直前だった。マナーモードにしていたはずの携帯電話から大きな警報音が鳴り響いた。それは周りの教師も同じだった。

「地震だぁ!!!」

「皆さん、机の下に隠れて!!!!!」

 一人の男性教員が声をあげたと同時に揺れが急に強くなった。取りあえずすぐ近くにあった空いている教員机の下に隠れたが、机の上から大量の資料や教科書、裁縫道具が落ちてきた。感じたことのない、吐き気がするような揺れだった。

 やっと揺れが収まった。机から出ると、周りは地獄絵図。先程までの職員室とは別の場所のようだった。ガラスが散乱していたが、幸いそれによる怪我人はいなかった。

「○○先生、校内放送お願いします!!」

「△△先生は生徒の安全確認を!!!」

 一気に職員室内は騒がしくなった。私は生徒の安全確認をしに行ったが、おかしな事に、生徒が一人もいなかった。

 そう、生徒はある教員の声でもう既に避難していたのだ。校内放送がされる前に。一方、校内放送は機械の故障でできなかった。

 生徒全員がいないことを確認すると、私と一部の教員も避難を始めた。中学校に隣接した小学校の方を見ると、児童たちも走って避難所に向かう様子が確認できた。

 避難所に向かう途中には、避難を誘導する人々や、「走れ!」「急げ!」と声をかける人々がいた。その時の地域の人々の対応は、今思えばとても勇気のある行動であったと思う。

 避難所に着くと、中学生が既に避難してきていた。そして、小学生もその後すぐに避難し、無事中学生と合流した。

 その後、更に上まで登るよう指示があり、中学生たちは小学生たちを連れて登った。

 登りきった所で、一人の教員が声をかけた。

「…岩手さん、あれ、津波ですか……?」

「え?」

 奥の方に見えたのは黒い波。…ああ、あれが本物の津波なんだ…街が呑まれていく…

 次第に頭の中は真っ白になり、何も考えられなくなっていった。近くにいた小学生たちも、とうとう泣き出してしまった。

「ここも危ない…危ないです!更に上まで登りましょう!」

「そうですね…皆さん!もう少し上まで登ります!!!」

 咄嗟に子どもたちや地域の人々の危機を感じとり、更に更に上まで登るよう指示した。泣き出してしまった小学生達を安心させるように声をかける中学生も、不安からか泣きそうな表情をしていた。

 それでも、小学生も中学生も強かった。小学生は泣く子がいながらも立ちすくむ事なく皆が懸命に走って、中学生はそんな小学生から離れることなく声をかけ続けた。

 そうして、登りきった頃には、街は黒い海と化していた。

「…おかしいな、あんなに大好きだった海なのに、今はこの世で一番怖いよ」

 そう言ったのは近くにいた女子中学生だった。彼女達にとって、この三陸の海はいつも見守ってくれていた海であり、いつも身近にあって寄り添ってくれる存在でもあっただろう。それなのに、その存在が、今は自分に牙を剥いている。…裏切られた感情に近いものだけど、それとは少し違うんだ。悲しくて、ただただ怖くて、とうとう中学生達も泣き始めてしまった。

 津波はさっきまでいた避難所のすぐそこまで来て、そこから先には来なかった。けど、海の近くにあった小中学校は完全に呑まれ、家も車も津波に流されてった。


 津波がひいた時には、もう夢か幻かくらいにしか思ってなくて、涙が出ることはなかった。こんな悪夢早く終わってくれとか、朝になったらいっつもみたいに秋田がわざわざ電話かけてくるんだろうなとか…所謂現実逃避をしてた。だって、分からなかった。自分が今何処にいるのか。現実か、夢か、異世界か、何時かの記憶の中か…

 でも、ある声で現実という事から逃げられなくなった。

「岩手ー!!どこなのー!?」

「…岩手さん、あの人は…?」

「あ…え?なんで…あ、友人です」

「同じ土地神の方ですか?」

「一応…はい」

 取りあえず厚着はしているものの寒いし瓦礫が散乱している中放っておく訳にはいかないと思い、急いで下まで降りていった。

「おーーい、ここだーー」

「…あ!!!いわてーーー!!!!」

 同い年程の少女は勢いよく抱きついてきた。そして、すぐに大量の毛布を差し出した。

「これ!避難所の人達に、配ってあげて。ここ、学校も近いから児童生徒も多いはずでしょう?こんなに寒い中寝てたら風邪引いちゃうよ。」

「あの…秋田の人達は」

「うちの人達はだいじょうぶ!津波も来てないし、外の避難所の人にも毛布は配り終わったから!」

「…聞きたいことがあるの」

「なに?」

「沢山あるけど、全ての土地神とは連絡ついてるの?」

「………宮城と、福島がまだ…三陸沖が震源だったの」

 察してはいた。こんな大きな地震、さほど遠くない所が震源だったということは何となくわかっていた。

「…とにかく、宮城には夜明け私が行ってくる。宮城が何処にいたのかは大体想像つくし…福島の方が広いし何処にいたのか分からないから、秋田たちは福島の方を探してほしい」

「岩手…疲れてるのにいいの?」

「いいよ、私だって宮城と福島が見つかるまで不安で寝れない」

「…わかった」

 生きててよ、二人とも………

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