2011/3/11 その壱
あの日にやってきた。この焦り具合は…事後だろうか。私は未来から来た人間なので、時をかけると言えど、過去の自分に声をかけることなどできない。自分でも覚えてはいないが、この時の私はどれほど焦っていたのだろうか。
「なんだぁ?」
「地震じゃねぇのか?」
「地震かぁ」
日本に住んでいる身としては、正直言って地震にも慣れてしまった。しかし、地震速報がなって初めて、揺れ方がおかしいと気付いた。何というか、気持ちが悪かった。取りあえず机の下に隠れたが、すぐに信じられない程の地震が来た。日本沈没してんじゃねぇのか、って思うくらいの。
一回揺れが収まったら、書類はバタバタ落ちてくるわ、タンスは倒れるわ、片付けが大変だなんて呑気なこと考えていた。そんなに早く揺れは終わらなかった。今度もまた長く強い地震だった。
「
本気でそう思った。もう大人のクセに、めちゃくちゃ怖がってた。その日は急用があり五時間だけ石巻にいるつもりだったが、帰るどころの話ではなくなってしまった。
「宮城さん…大丈夫ですか」
声をかけてくれたのは、石巻市役所の職員だった。
「取りあえず、外に出ましょうか」
「…なんか、すみません」
「いえ、それにしても、びっくりしましたね…」
この地震についてスマホで調べようとしたときだった。
「何してる!!!津波が来るぞ津波がぁ!!!!」
声を張っている中年男性の姿が見えた。…漁師さん。石巻は漁師町。海の方から駆けつけてきたっぽい。
「落ち着いてください、流石にそんな大きいのは…」
職員は、そんなすごいのは来ないと思っていたようだ。私もそうだった。津波なんて、流石にこんな所まで来ないだろって思っていた。しかし、漁師がこれから世界が終わるかのような表情をしていたので、様子を見るなんて選択はできず、すぐに市役所に戻り、屋上に行った。市役所内はすでに何人か避難してきているようだった。
「そんなに大きいものが来るだろうか…」
「……あ!あれ!!!!うわ…なんだあれぇ!?」
職員の大きな声に驚き、海の方を見ると恐ろしいほど黒く染まった津波が街を呑みながらこちらに来るのが見えた。
「な、なんだあれは!?1mくらいか…!?一階に人は残ってないのか!?」
「一階には残っていないようです、この津波がこれからどうなるか…」
「くそ…津波を嘗めすぎたか」
たった1m、と思うかもしれない。しかし、1mという高さでも人間はもう抵抗できない。30cmの波でも既に動けないのだから。
もともと家だったような物がバラバラになって流されてくる。その光景が異様すぎて、寧ろ夢ではないかと思っていた。いや、思っていたかったのかもしれない。
「…は!?岩手の方で街が沈みそうだって!?」
「それは本当か!!!!あぁ…嫁と娘は無事だろうか…」
ここに逃げてきた者は皆、不安と恐怖に呑まれていた。
「…岩手で街が沈みそうだと?」
「はい、陸前高田ら辺かと…」
(…岩手、無事でいてくれよ……)
陸前高田は、海が目の前。津波が来てもおかしくないが、街が一つ呑み込まれるなど、思うはずもなかった。しかし、驚愕の光景が目の前にあることで、そんな訳ないと否定することはできなかった。
その後、石巻の街は変わり果て、海と瓦礫に呑まれた。
(…あの石巻が、濁った茶色に変わり果てている……)
いよいよ冷静に対処することができなくなってきた。ただ目の前の光景に絶望し、言葉を失うしかなかった。
市役所の一階部分は浸水した。津波を観察していた者はきっと…
自分はなんて無力。民を護ることもできなかった。自分の愚かさに、更に追い詰められる。何時しか、心のどこかでこれは夢だと思い込み始めていた。これは悪夢、もうすぐ覚めると。少量の希望でもないと、もう正気を保っていられないほど混乱に陥っていた。
しかし、そんな希望も虚しく散った。
「ひ、人が流されてる!!!」
職員が顔を真っ青にして見ていた先には、流される瓦礫、瓦礫、車、人…それを見た瞬間、自分の無力さからか、それとも街が変わっていく恐怖心からか分からないけれど、自分がおかしくなっていくのが分かった。
避難所の中には、恐怖のあまり泣いたり、笑いだす者もいたりした。
あまりにも突然、『最悪』な現実が
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