第13話 さよならメモリーズ その4 (涼宮晴美編)

「まったく、世話がやける子ね」


 余裕ぶった表情の星奈が、近くの椅子に腰掛ける。


「星奈……」


 そんな、星奈にゆっくりと近づく。


「どうしたの直? いえ、会長、そんなに怖い顔して……」

「…………」


 言わずとも、わかったのだろう、星奈は一つ、息を吐いて立ち上がった。


「大丈夫よ、薫はあの程度では思い出せないわ……それより、警戒すべきなのは晴美ちゃんの方じゃーー」

「晴美ちゃんなら、大丈夫だ」


 晴美ちゃんから狂ったことは一度もないから、という言葉を飲み込む。


「それは、あの記憶に関して彼女が一番薄いから?」

「………………」


 今日の星奈には、何故か無性に腹が立った。


「睨まないで、ごめんね。また、勘に触ったみたいね」

「まぁ、あたしはあの、バカが初めてここに来て言ったことを忘れてるのが気に食わないけどね」

「清美!? いつのまにいたーー」


 私の言葉を遮り、清美が続ける。


「好きです、みんな好きです」

「…………」


 脳裏に、その光景がフラッシュバックする。


「みんな付き合って……絶対、絶対、幸せにしてみせるから……だったかしら?」

「そう、あの馬鹿は全部忘れてる……」

「いや、なかったことにしようとしているんだ。あの日のことを……」


 それは、薫だけじゃない。


 ここにいる私たちみんなが、しようとしていること。


「あの日のこと、ね……」

「……」

「ねぇ!! 本当にそれで良いの!! あたしたち!!」

「清美……」

「誓ったはずだ。清美も、あの馬鹿に今度こそわからせるって……」


 そんな顔、しないでくれ清美。わたしも星奈も、晴美ちゃんだってわかっていることだろ?


「それは、そうだけど……」

「……」

「とにかく、私たちはこれからも変わらない生徒会を演じ続ける……そうでしょ?直」

「星奈さん!! 直っ!!」

「そうだ、たとえ、何が起きてもこの生徒会はこのままでいなければならないんだ……」


 それが薫が決めて、私たちみんなが同意したこと。


 今更変えることなんてーー。


「うっ!!」

「星奈さん!!」

「大丈夫よ、大したことないから……」

「大したことないって、顔、真っ青じゃない!!」


 そうか、星奈も……影響が現れ始めたのかーー。


「星奈? 大変だよな、女の子ってのは……」

「直?」

「そうね、まぁ宿命みたいなものよね……」


 わたしの言葉で、星奈はどうやら理解してくれたようだ。


 ポケットから小さな薬を取り出し、星奈に渡した。


「ほらっ」

「これ……」

「直、それって……」

「そいつは、良く効くんだ」

「……」

「私、愛用の薬だ。一つやろう……」

「直、あなた、これをどこで……」

「……」


 星奈に、睨まれた。仕方ない、か、ずっと、黙っていたのだから……。


「心配しなくていい。まだ、たくさんある」

「なるほど、ね……」

「あぁ」

「ありがとう。どうやら、少し治まったみたい」

「どういたしまして」

「………………」

「ちょっと! その薬ってまさかーー」

「……」


 星奈と二人、清美の目をじっと見つめる。


「……ごめん。あたしちょっと、トイレ行って来る」


 その様子を見て、何を思ったか、清美は逃げるようにつまらない嘘と一緒に教室を出て行った。


「行ってらしゃい」

「車に、気をつけるんだぞ」

「通ってるの? 車なんて」

「……」

「止めなくていいの? 清美を」

「良いんだ、清美が、決めたことなら、私には何も言えない……」

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