同級生

@yoka505

第1話

25歳の同窓会をすぎてから1週間くらいしたある日、見知らぬ電話番号から通知があった。


「もしもし?」


「おー、出た!」


「?……誰?」


「俺だよ、俺俺!」


「鈴木くんかい。」


「正解過ぎてボケられねーだろ。」


「どうしたん?なんで番号知ってるん?」


「森くんから教えてもらった。」


「私のプライバシーは何処……。」


「だって同窓会の時、俺がいない間に皆と連絡交換してたんだろ?」


あの日は、お酒で酔いが回りすぎててまったく彼の存在を気にしている余裕もなかった。

30人前後が集まったのだから、其れもそうだろう。

あの時唯一話した事と言えば……。


「鈴木くん、美白過ぎんか?羨ましい……。」


「ああん?男が言われて嬉しいと思うか?」


というどうでもいいやりとりだけだった。


「そんで、どうかしたん?」


ガヤガヤと背後から聞こえる声で何となく飲み屋にでもいるんだろうなと思いつつ、風呂上がりで濡れた髪をタオルでガシガシと拭いた。


「今から来いよ。飯食おう。」


「いや、22時半ですよ、お客さん。夕飯とっくに食べたし、なんなら風呂上がりで、あとは寝るまでのスタンバイ中。」


「気にするな、来いって。」


「んー、他に誰がいるの?森くんとか?」


「いないぞ。」


「伊藤ちゃんは?よっちとか。」


「いない。お前だけだから。」


「え……それって…………色々連絡つかなくて、ぼっち過ぎて寂しいからの最後の砦が私か。」


「…………………………もう、それで構わんから、来い。」


「えー、でも私コミュ障だし……。」


「○△居酒屋な!絶対来いよ!」


「今から行ったら終バスが…………。」


言いきる前に切られてしまった。

仕方がないので、手早くワンピースを着て軽くメイクをした。


鈴木くん……小学校の頃の彼は、どこか不思議な子だった。

男子だ女子だと性別を気にし始めた年頃の時に、そんな事はお構い無しにやりたい事をやる。

困ってる人がいたら、男子も女子も関係なく、手を差し伸べる。

お腹が痛くて我慢していた私に気づいて開いてた窓を何も言わずに閉めてくれたり、気持ち悪くて吐きそうな時に突然の挙手。


「気持ち悪くて吐きそうだから、吐いてきていいっすか!あと、こいつももらいゲロしそうな顔してるから!」


そう言って爽快に吐きにいった……。

ちなみに私も吐いたが気分は最悪なのに、彼はスッキリした顔で上着を洗濯までして帰ってきたのが印象的だ。



「こっちこっち!」


居酒屋の2人席で手を振る鈴木くんの元へ小走りに席へつく。


「おっそい!」


「無茶言うな、バスだって少ない時間なんだから。あ、生ビール2つください!」


「俺、まだ飲み物あるぞ?」


「私のだ、これぐらい奢ってくれてもいーでしょ。」


「だからって、一気に2杯頼むか?2杯目、温くなるぞ?」


「生ビール2つ、お待たせしました!」


私と鈴木くんの前におかれたジョッキを1つ持ち上げ、一気に流し込んだ。


「くぁーっ!!」


「……なるほど、2杯目は温くならないな。」


「んじゃ、改めて乾杯!!」


「逆だろ。」


「今のは駆けつけ1杯だから、ノーカン。」


「なんじゃそら!」


乾杯しなおして、2杯目のビールを1口。


「んで、どうかしたん?こんな時間に呼び出して。」


「いや、夕方まではグループで遊んでたんだけど、皆帰ったから飯1人なのもなぁって。」


「暇人。」


「呼び出しに応じたお前もな。」


「いやいや、むしろ私は偉人でしょ!寂しい鈴木くんに愛の手を差し伸べてあげたんだから。」


「くっくっ…………お前、そういうタイプだったっけ?」


「んあ?何が?」


最初のビールで体が温まってきたので、許可なく目の前の枝豆に手を出しながら言う私をジロジロとみる鈴木くん。


「女って怖ぇなぁ。変われば変わるもんだな。」


「だから、何がよ。」


「昔は、男みたいに振舞ってたじゃん、お前。服とかも男っぽいのばっかりでさ。」


「……だって私1番背高かったし、体格も良かったから男っぽい扱いを皆がしてたじゃん。まぁ、女子とか男子とかのグループに入るの苦手だったから、女の子女の子したかったわけじゃなし。」


「でも、今は普通に女って感じ。」


「25歳にもなりゃ、小学校の感覚とは違ってくるでしょ。いろんな経験して成長すんだから。」


「同窓会の時に、実は途中まで分からんかった。」


「うそやん!」


「いや、マジマジ。化粧すると女は変わるからマジ怖ぇ……。」


「そういう君は、なんら変わらないよな。小学校の時のままを大きくした感じ。」


「俺、そうとう変わったぞ?」


「いやいやいや、全っ然!!そうじゃなかったら、今頃コミュ障発動してるもん。」


「コミュ障だったか?……まぁ、あんまり喋ってる記憶ないな。猫背気味で暗い感じだったのがなぁ。」


「背筋ピーン!背が高いのコンプレックスだったからさ。でも、今は皆同じような背丈になったし。」


「いくつだっけ?身長。」


「165。」


「勝った。」


「お?いくつよ。」


「168。」


「誤差じゃん、はははっ!」


「ばかやろ、小学の時からだったらすげー伸びたんだからな!」


「ああ、確かに……。」


立ち上がって座ったままの鈴木くんに近づいて彼の頭と自分の胸のあたりを水平に手を移動してみた。


「この位差があったかな。頭一個分?」


「ちょっ!!」


ガンッ!


「あはは、どしたどした?びっくりした?」


後ろに頭を引いた彼はついたてにぶつかった。

よしよしと頭を撫でてから、再び席について枝豆を食べる。


「お前……無防備過ぎんか?」


「ふぇ?」


「彼氏いるんだっけ?」


「半年前に別れたがな。ああ、同窓会の時『失恋友の会』に君は居なかったもんな。だからあまり話をしてなかったんだ。」


「あそこでかたまって熱弁してた小林は覚えてる。」


「彼が1番最近振られたからキズが新しいというかなんというか。」


「そんで皆でキズの舐めあいか。」


「あはは、いや、むしろ塩塗りたくってたけどね。なんだろうね、全然会ってなかったのに、感覚も昔とは全然違うのに、なんとなく話が出来ちゃってさ、深刻にならずに笑い飛ばすの。」


「怖いねぇ。そんでお前も塩塗りたくられたのか?」


「まぁね。初カレで6年付き合って結婚しますって、相手方の親戚にまで紹介されたのにその翌週に寝とられて別れたとかどうよ。」


「なかなかにハード。」


「傷はまだあるけど、未練はないさ。だって、結婚してからの未来地獄しかないじゃん。すいません、枝豆ください。」


「食べきりやがったな、枝豆好きなのか。」


「うん、大好き。ゴチになります。」


「……まぁ、いーけど。」


結局、なんやかんや話してるうちに時間はとっくに午前になっていた。

居酒屋を出て静かになったロータリーをみる。


「終バスはとっくに終わりですなぁ。鈴木様。」


「責任もって送るわ。」


「いぇーい、タクシー!」


「徒歩だ。」


「けちぃ!!」


フラフラのらりくらりと歩く。

彼は両手をズボンのポケットに入れたまま、私の歩く速さに合わせてくれてるようだった。

20分くらい歩いて、近場の公園で一休みをする。

春の終わり時期とはいえ、まだ夜は寒い。

ストールじゃなくてカーディガンにすれば良かったかなぁとベンチに座りながらぼーっとしてると、鈴木くんがシャツのボタンを外して脱いだものを私に差し出す。


「寒そう。」


「いや、鈴木くんのがTシャツで寒そう……。」


「いいから!ほら、5.4.3.2.1……!」


「あわわっ!着ます着ます!!」


脱いだばかりのシャツはまだ温かい。

袖を通して、思わず笑いだしてしまう。


「なんだよ。」


「だって、ほら、サイズピッタリ!3センチはやっぱり誤差だよ、はははっ!」


「まだ言ってたのか、このやろう。」


ドスンとワザと音を立てながら私の横を陣取る鈴木くん……太ももが密着するのがさすがに、ちょっと……照れが生じてきてしまい、拳一個分離れて座り直した。

それに気づいた彼の表情は見えなかったが、なんだか面白いといいたげな空気になったのを感じる。

また距離を詰めてきた鈴木くんに、距離を空けようとした私の動きは先回りで私の腰にきた彼の手に止められてしまった。


「な、な!?」


「無防備だって言ったろ?」


「わっ!」


私はスクッと立ち上がって、逃げ出したが酔いもあってくらくらと近くの木にもたれてしまった。

再び逃げようとした時には既に彼の両腕の間に挟まれた状況になっていた。


「ちょっと、何?どしたの???」


「分からん?」


「こ、これはいわゆる壁ドンという……あ、でも壁じゃないから木ドン?もくドン?もう1回遊べるドーン?」


「……余裕あんなぁ。」


逆だ。

余裕がないから、一生懸命逃げ口を探して多弁になるのだ。

今ならしゃがんで腕をかいくぐれるか?

そう考えたのを見透かされたように私の足と足の間に大腿を割り込ませてきた彼。

距離が更に近くなった。

いくら私でも、これは分かる。

キスされそうになったので顔を思いっきりそむけたが、彼の唇がそのまま首筋に触れてゾクリとした。

逃げようともがいていたから、彼の大腿によってスカートが捲りあがってしまい、さわさわと撫でられたのを感じた。


「ヤダ!!」


「なんで?」


「友達……じゃないの?私たち。」


「友達……ではなかったな。同級生。」


「同級生なら誰でもいいんか!」


「わざわざ他のやつから番号聞いてまで呼ぶのを誰でもいいと思うのか?」


「だって!だって!鈴木くんは、男子とか女子とかそういうの気にしない子で!」


「いつまでも子どもじゃねーっつーの。」


「やっ!ダ、メ!」


ガンッ!


頭と頭をごっつんこ攻撃に私と彼はおでこをおさえてうずくまった。

さきに立ち上がって仁王立ちした私は言う。


「好きなの!?私の事!」


「いや、気になったくらいで、まだ……。」


「じゃあ順番間違ってるじゃん!」


「鈍感過ぎるから、気づかせただけだ。」


「気づかせるためにキスしようとするんか、君は!」


「別にファーストキスでも無いだろ?6年も彼氏いたなら処女でもな……ぶはっ!」


借りていた上着を投げつけて、頭が痛いからか、悔しいからか、よく分からない感情で涙が出てきた。


「異性として見てないのは、分かってたよ。ちょっと、意識させるのに意地になった。ごめん。」


「うぅ……。」


急に優しくなった声に、なんだか安心してその場にへたりこんだ。


「……腰……抜けた。うぅ……。」


「マジか……。とりあえずベンチに座り直そう、ほら。」


屈んで私に手を差し伸べてくれた彼は、もうさっきとは違った小学校の鈴木くんだった。

私も手を伸ばして肩を掴もうとするが力が入らない。


「首に手回した方がしっかりおさえられるから、回して。」


言われるがままに彼の首に手を回した。

体が密着した方が移動させやすかったようだ。

ベンチについて、ホッとしたのもつかの間……離れようとした顔が近づいてきた。


「がう!」


精一杯の威嚇に鈴木くんは、笑いだした。


「はははっ!なんなのお前、俺の事嫌いなの?はははっ!」


「嫌いじゃないよ!友達だって勝手思ってたくらいには好きだよ。でもこれとそれは別でしょ!」


「じゃあ、試しにキスしてみて考えてみるってのは?」


「ダメぇ!」


大きくバッテンを両手で作る私。


「キスしたら…………好きになっちゃうかもしれないじゃん。」


「え、それでよくない?」


「良くないよ!遊びで付き合うとか出来ないから、本気で好きになって、それで別れちゃったら、友達に戻れないもん!」


「別れまで想像しちゃうんかい。」


「しちゃうんだい!」


「んー、俺も何人か付き合ったけど……あまり長く続かなかったからなぁ。」


「もう、いいじゃん友達で。ダメなの?」


「…………なんていうか、ギャップがすげー掴んでくんの。」


「は?」


「小学校の時の男っぽいから、女って感じになってんのに、幼稚というか無防備なのが……。」


「褒められてんのか?ケンカ売られてんのか?」


「要は……。」


「うん。」


「食べたい。」


「……は?」


「端的に言うならセック……むぐ。」


「言わんでいい!!」


「キスがダメならそれで……。」


「尚更出来るかアホ!!もういい!さきに帰ってよ!!」


「女の子1人おいてけないだろ。ほら、おぶってやるから。」


「いい!!」


「チャンスくらいくれてもいいんじゃないか?」


「チャンス?」


「……そうだな、3ヶ月お試しで付き合うとか。キスとか無しでさ。そしたら、俺も意外とお前のギャップに慣れて、食べたく無くなるかもしれない。」


「おい、表現の仕方。」


「どうせフリーの間のオフ日は予定ないだろ?何回かデート、しようぜ?」


「うー……。」


「それで何もなきゃ友達にも戻れるし、いいじゃんか。な?」


「……わかった。」


こうして、同級生からお試し彼氏との3ヶ月が始まろうとしていたのだった。


「ねぇ、ところで。」


「ん?」


「なんで、『お前』呼びなの?昔はあだ名の『月』って言ってたのに。」


卯月真綾……皆は『月さん』とよんでいた。

男子はさん付けなどしなかったけど、不思議と同窓会では、男子も『月さん』呼びしてた。

なのに、鈴木くんはいっこうに呼ばないのだ。


「……なんか、皆と一緒が……嫌だった……っていうか……。元彼はなんて呼んでた?」


「まーやかな。」


「じゃあ………………『あや』で呼ぶ。」


不覚にもドキッとした。

それを隠すためにふるふると頭をふって、立ち上がろうとしてまだ腰が抜けてたのかそのまま鈴木くんの背中にもたれこんでしまった。


「うぎゅっ!」


「お、大胆。」


「……?」


「背中にめっちゃ柔らかいのが当たってる。」


「ば、ばかぁ!!」


「暴れるなって、危ないからしっかりくっつけよ。」


「うぅ……。」


「で、俺のことはなんて呼ぶ?」


「す……鈴木……なんだっけ……まさよし?ひろゆき?」


「ま、さ、ゆ、き!」


「は、はい!」


「興味持たなすぎだろ!!」


「ごめん……『ゆき』くん……。」


グラりと視界が揺れた。

鈴木くんがバランスを崩しかけたのだ。


「大丈夫!?降りようか?」


「いや、いい!」


顔は見えなかったけど、彼の耳が赤くなっていたのが分かって、ちょっとおかしくなってしまった。

キスだなんだと迫ってきたのに名前で赤くなるなんて。


「もっと遊び人かと思ったよ。」


「じゃかあしい。3ヶ月で俺がどんな男か知らしめてやるからな。」


「んじゃあ、私は……ギャップ萌えとやらに慣れて普通のお友達になれるように普通にいくよ。」


「……ま、ギャップとかってワザとするものには惹かれないから、そのままでいいんじゃね?……でも……。」


背負い直されて、慌ててしがみつく。


「もう少し堪能してていい?」


「何を?」


「背中に当たる、おっぱい。」


「ばかっ!!」




おわり

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