第5ちく話「キャッスル」
俺たちは牢獄のらせん階段を駆け上がると、そこに広がっていたのは、荘厳で華美な城だった。目線を下げれば大理石、見上げれば小高い天井に美しい宗教画(なのだろうか?)。まるで大聖堂さながらだ。それらを、窓日が美しく照らしている。
「すげぇ……マジでファンタジーだ」
「リンタロー大事な話がある」
城に見とれている俺に、アイリスは真面目な顔で話しかけた。
「実は……荷物を取り返さないといけないのだ」
「荷物?」
「あぁ。私もこんな格好では、その、さすがに恥ずかしいし、なにより、大切なものを取り返したい」
彼女は腕を開いて襤褸を見せた。驚いた。彼女に恥という概念が存在しているとは。
大切なものとやらは気になったが、今の論点はそこではないだろう。
「その荷物はどこにあるんだ?」
「うん。今、私たちがいるのが南館で、本館を挟んで、北館があるんだ」
団子みたいに連なっているわけだ。
「その北館のどこかに倉庫があるはずだ。囚人の荷物はまとめてそこに置いてあるらしい」
「それで?」
「本館を通るということは、戦闘は避けられない。本館の各階には警備兵が常に立っているんだ」
なるほど。つまり彼女は、危険なので、この先は自分一人で行く、と言いたいのだろう。俺を戦力に考慮しているはずがない。それに、彼女には魔法があるのだ。
「ふむ。言いたいことは分かったよ。その方がいいかもしれないな」
「おぉ、分かってくれたか」
「俺は戦力にならない。それを前提にすれば、俺を守りながら戦うのは厳しいかもしれない」
「うん。だが私は強いぞ!」
「じゃあ大丈夫だな。俺は俺でなんとかするさ」
「うん、そうだな。じゃあ行こう。私が先導する」
「え?」
「え?」
なんだか話がかみ合っていない気がする。
「あの、俺は脱出するから、あとはアイリスだけで頑張るっていう話じゃ……」
「ち、違う! ついてきて欲しいんだ!」
「え、なんで?」
アイリスはモジモジしながら両方の人差し指をつつき合わせた。
「その、心細いので……」
「いやいや」
なんだその理由は。もっとマシな理由はなかったのか。
「だって戦闘なんだろ? 俺死ぬよ」
「お願いだ! エルフは寂しいと死んでしまうんだ!」
「嘘だろそれは」
アイリスはまたも涙目になっている。ウサギじゃあるまいし、そんな話があってたまるか。
「頼むよぉ、絶対ケガさせないからぁ。お願いだから捨てないでぇ!」
「人聞きの悪いこと言うな!」
「すぐ終わるからぁ! ねぇ!」
彼女は意地でも引かないつもりだ。ここで問答をしている時間すら惜しいというのに!
「あぁもうわかったよ!」
「ホントか! 言ったからな!」
クソ。こうでもしないと動くつもりはなかったじゃないか。なんとワガママなエルフなんだ。
俺は彼女を藪にらみする。すると彼女は何を思ったのか、ウサギの耳に見立てて頭に両手を当て「ピョン!」と言った。この女ぶん殴りてえ。
幸い、誰にも会わずに本館までたどり着いた。
しばらく歩くと、曲がり角に突き当たった。目の前のアイリスが俺を手で制し、立ち止まると壁際から様子を見た。
目線の先には広間があり、そこに警備兵らしき人物が三人、談笑していた。
「なぁ、知ってるか? メンマって割りばしからできてるんだぜ」
「へぇ~すげえ」
「無限に作れるね」
バカなのかもしれなかった。
「そういやアイツ遅くね?」
「あぁ~確かに」
「心配だし見に行こっか」
まずい状況になった。三人ともこちらに向かってきた。俺は小声でアイリスに「どうする?」と言った。
「うひっ! いきなり話しかけるな!」
「ちょ、声でかいって!」
やっちゃったよこの子。も~やだ。
驚いたようにアイリスは口をふさいだ。もう遅いって。とりあえず二人で壁に身を隠す。
「ん? 誰かいるのか?」
「侵入者じゃない?」
「え、マズくないそれ」
どちらかというとこっちの方がマズいって。なんでこの兵士たちこんなにノンキなの?
警備兵たちがさらに近づいてきた。もはやあと数秒、といったところだ。
「リンタロー、任せろ。私にはアレがある」
あの魔法を使うのか! 俺は目を閉じ、耳をふさごうとした。
しかしそれより早くアイリスは壁から躍り出た。
「ん⁉」
俺は驚いて、思わず彼女の後を目で追った。
意外な光景だった。彼女は一人目に肉薄し、掌底で顎を打っていた。脳が揺れたのか、彼はそのまま地面に崩れ落ちる。
そしてすぐさま、二人目の後ろに回り込み、裸絞め。あれは腕が頸動脈に入っている。二秒後、二人目も意識を落とす。
最後の一人は──。
「ククッ。やるじゃァないか。完璧にキマった裸絞めは、例えプロでも逃れられないという……。見事だ、エルフのお嬢さん」
落ち着き払っていた。普通、咄嗟の奇襲に対してはうろたえてしまうものだが、すぐに気持ちを立て直している。それだけではない。既に剣を抜いており、構えに移行していた。
かなりできるのではないだろうか。
「フフッ……こんなもの、児戯ですわ。オジサマ」
おぉ、なんだかアイリスがカッコよくなっている。すごいぞアイリス。
俺の想像していたのとはちょっと違ったんだけど……とにかくすごいぞアイリス!
相対する二人の間に。なによりも重い沈黙が訪れる。俺は、固唾をのんで見守った。
男が動いた。
「ゆくぞっ!」
来るっ!
「っとその前にちょっとタンマ。言っておくことがある」
「えっ?」
えっ?
アイリスは踏み込んだ足を止める。
「俺はな、自慢じゃないが、剣術の腕はこの国で三本の指に入ると自負している。めっちゃ強い」
「うん」
「俺と戦うってことは、お嬢さん、命を捨てるってことだぜ。やめときな」
「いや、私はどうしてもここを通らなければならない」
「……あのさ、やめとき。ちなみに俺の友達もめっちゃ強いよ?」
「やめない」
「やめて」
「やめない」
なんだか様子がおかしい。よく見ると脚がガタガタと震えている。まさか。
俺は壁から体を現した。
「いやさ、これはやめるしかない流れでしょ」
「この人多分ビビってるぞ」
「は? ビビってねーし! 意味わかんないんですけど⁉」
図星のようだった。
「え、ビビってるのか?」
「……その、強そうな雰囲気作ったら逃げてくれないかなぁ、と」
アイリスは近づいて下顎に蹴りをかました。彼は気絶した。
彼らの屍(死んでない)を隠しながら、アイリスは「どうだった? どうだった?」と聞きまくってきた。
まぁ確かにすごかったし、もし文句言ったら肉体言語によるコミュニケーションが待っているかも、と思って怖かったので、とりあえず褒めておいた。
でも、俺の期待していたすごさとはやっぱり違った。
ちくわの穴を覗いてしまった俺 ~ハズレ能力【ちくわ魔法】が覚醒し、無双する!……のか?いや、そうであってほしい。後悔してももう遅い~ カオスマン @chaosman
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