第4ちく話「プリズン・ブレイク」
「ん? ここは……?」
目の前には荒野が広がっていた。吹きすさぶ風に照り付ける日差し。生き物一匹見当たらず、地平線まで草すら生えていない。
背後から何かの足音が聞こえてきた。俺は振り向いた。
「「「ちくわ~ちくわ食え~」」」
「なんだこれ⁉」
そこにはちくわの大群が列をなして、寸分の乱れもなく行進していた。
「「「ちくわの穴は真実を覗く。お前はちくわに選ばれた」」」
「「「ちくわの穴は真実を覗く。お前はちくわの戦士」」」
「「「ちくわの穴は真実を覗く。ちくわを受け入れろ」」」
これが何か、ということを、仮にこの世で一番賢い人に聞いても「わかりません」と答えるに違いない。
ちくわの足音が止んだ。俺の目の前に地平線を覆いつくすほどのちくわが佇んでいる。ものすっごい威圧感。かつてここまでちくわに恐怖を感じたことがあっただろうか。
俺は踵を返し、そいつらから逃げようと距離を取った。するとちくわは移動を再開し、俺を追い回した。
疲れ果てて立ち止まると、ちくわはまた俺の後ろで止まった。
「ちくわの穴は真実を覗く穴」
俺は自分の腕が縮んでいく感覚がした。手を見ると、胴体にめり込みつつあった。そして胴体は茶色い焦げ目の付いた、プルプルした物体へと──。
「うわあああ! ちくわに! ちくわになっちゃうよおおおお!」
「……タロ……」
遠くから声が聞こえた。誰の声だろうか。
「……きろ。リンタロー、起きろったら」
「うーん……ちくわが、ちくわに、うーん……」
「起きないかっ!」
「はっ!」
アイリスの声だ。驚いて目を開けると、荒野ではなく、牢屋だった。この状況も大概、悪夢だったが、あの荒野より百倍マシだった。
「大丈夫か? 魘されていたが」
「アイリス、ありがとう……本当に」
「よくわからんが、とにかく良かった。それよりもうそろそろだぞ」
もうそろそろ? はて何のことだったか。まだ寝ぼけている。あ、肩にジャケットがかけられている。アイリスがかけてくれたのか。
「……?」
「いやだから、作戦!」
「さく……あぁ」
そうだ。俺はここを出るために一役買うのだった。
「すぐに来るぞ……配置に着いてくれ」
「わ、分かった」
すぐに気分を切り替え、俺は格子側の壁に張り付く。アイリスはそのまま部屋の中央へ。
深呼吸をしていると、コツコツと足音が響いてきた。心臓が縮まるようだ。
できるだろうか、俺に。いきなり牢に飛び込んでからまだ一日と経っていない。
しかし、やるしかない。やらなければ、俺に未来はない。自分にそう言い聞かせ続け、大きくなる足音に耳を澄ます。
「ぅんんっ!」
アイリスが咳払いをした。作戦を開始するのだ。ってかおっさん臭っ。
彼女はどうするつもりなのだろうか。頼む! 上手くいってくれ!
「……あぁ~ん。うっふ~ん」
「……」
「きてぇ~ん。ねぇ~ん?」
作戦は失敗だ。俺は全てを諦めた。死のう。この牢屋で朽ちるのも悪くない。
「なんだ? この声は」
看守は不審に思ってか、靴音はさらに近づいてきた。真面目なの?
「あっはぁ~ん!」
「……かわいそうに。精神を病んじゃったのかな」
同情されてるよ。この看守悪い人ではなさそう。
ただ、結果として看守は屈んで牢の中を覗き込んでいた。今なら顎に一撃入れることができるだろう。
アイリスがこちらに目配せをする。いい笑顔してるよまったく。確かに陽動はうまくいったのかもしれないけどさ。あなた頭がおかしくなったと思われてるんだよ?
俺はもう緊張していたのがバカらしくなって、思いっきり蹴りを放った。すまん、看守の人。
白目を剥いて気絶した看守の腰には、鍵の束があった。それを外し、アイリスに投げた。
そしてそのまま外を見張る。
「あれ? こっちでもない。ん~? どれだろ……」
「早く!」
「なんだ、私だって頑張ってるんだぞ! もう! ……あ、取れた!」
「次はこっち!」
「わぁ! ヤッタ! 取れたぞぉ」
「ノンキか!」
彼女はぶつくさ言いながら格子から手を回し、檻の鍵を開けようとする。
全部の鍵を試したところ、結局鍵は開かなかった。二人で話し合っているうちに、そもそもこの看守は足枷の鍵しか持っていなかったという結論に落ち着いた。
「どどどどうしようリンタロー。私こんなの聞いてない!」
アイリスが涙目になりながら俺にしがみついてきた。
「ちょ、えぇ⁉」
「大体おかしいじゃないか! なんで足枷の鍵しか持ってないんだ! 囚人を移動させるなら檻の鍵だろう!」
「俺に聞かれても分かんねぇよ!」
「うわああああん! せっかく足枷取れたのに!」
「あんた昨日、魔法使えればなんとかなるって言ってたろ?」
「え? ……あぁ! そうか!」
魔法使えること忘れてたんじゃないか、この人。会ったばかりの幻想的なエルフはどこに行ったのだろう。
とりあえず俺は後ろに下がった。
魔法か。俺が元々いた世界には存在しなかったので、この目で見られるなんて、と、ついワクワクしてしまう。
そう思いつつアイリスの後姿を凝視していたが、彼女は中々動かなかった。おまけになぜだろう、顔が赤い気がする。力を溜めているのだろうか。
「その……そんなに見られるとやりづらいのだが……」
アイリスが向き直り、言った。
「どうぞお気になさらず」
「あ、いや、実は……そう! この魔法、禁呪なんだ」
「へぇ~。すごいな。じゃ、どうぞ、先生」
「え? あ、いやあの……禁呪なので、その……見たら死にます」
「死ぬの⁉」
「う、うん……あと、聞いても死ぬ」
「えぇ⁉」
なんて恐ろしい魔法なんだ。きっと相当凶悪な魔法に違いない。俺は心底ブルった。
「だから、な? 目を閉じて、耳をふさいでくれ」
「わ、わかった!」
魔法を見てみたい気持ちは確かにあったが、死にたくはない。ここは大人しく彼女に従おう。
言うとおりにして、一分程度たつと、肩を叩かれる。
「もういいぞ」
耳から手を放し、目を開ける。檻を見ると、熱で溶けており歪んでいた。これならくぐって抜けられるだろう。
「す、すごい」
「……」
「アイリス?」
俺はまた「どうだ! 褒めて褒めて」とでも言うのかと思っていたが、なんだか様子がおかしい。それに、先ほどまでより顔が赤くなっている。
「大丈夫か?」
「なっなんでもにゃい!」
俺は不思議に思ったが、まずは脱出するのが先決だ。檻から出て、出口へ向かった。
看守の人は牢の中に寝かせておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます