第72話

「ミサ、ちょっとこの子たちと大事な話があるから、この空間このまま使ってもいい?」


「…それは構わないけど、もう少し狭めても大丈夫かな?」


「話しするだけだから、全然大丈夫」


 ベルが右手の親指と人差し指で丸を作って「ニッ」と笑う。


「それじゃ私は、あの子を責任持って連れて帰っておくね」


 ミサが未だ意識を取り戻さない中野茉理に、申し訳なさそうな顔を向けた。


「おー、よろしく頼む」


「任せて」


 ミサは力強く頷くと、もう一度ベルの顔を見た。


「私、ベルがいないと還れないんだから、ちゃんと迎えに来てよ」


「はいよ、また後で」


 ベルがヒラヒラと手を振る様を横目で見ながら、ミサは中野茉理を連れて一瞬で姿を消した。


「何ですか、話って?」


 ルーが一番に口を開く。


「残念な話と、もっと残念な話の、どっちから聞きたい?」


「それ、普通は、良い話と悪い話っっ」


 思わず新島春香がツッコミを入れる。


「いい反応だね、さすがハルカさん」


 ベルが嬉しそうに頷いた。


「ま、勿体ぶった言い方したけど、大元の話としてはひとつなんだよね」


「……還るんだな」


 春日翔の呟きに、ベルが驚いた顔を向けた。


「一体何の話ですかっ?」


 ベルの表情に嫌な予感を感じたアリスが、春日翔に詰め寄る。


「アリスに聞いてた春香ちゃんの指輪が失われてしまったからな…そうかもと思っただけだ」


「…確かにそうです。でも、まさかっっ」


 ルーの声も震えて弱々しくなる。それから、すがるような瞳でベルを見た。


「聖騎士さんの言うとおりだよ」


 ベルはポリポリと頭を掻きながら「はー」と溜め息を吐いた。


「この結界が解除されたら、強制送還だね」


「そんな…っ」


 力が抜けて崩れ落ちそうになるアリスの身体を、春日翔がしっかりと抱きとめた。


「あの…」


 そのとき新島恵太が、何だか申し訳なさそうに右手を挙げる。


「また来る訳には、いかないのか?」


「そーよ、また来ればいいじゃない……あまり歓迎はしないけど」


 新島恵太の言葉を受けて、新島春香がムスッと横を向きながら同意した。


「きちんと説明していませんでしたね」


 そのときルーが、弱々しい笑顔を見せた。


「もしかして、あの指輪がないと来れないの?」


 真中聡子が話の流れから、先に結論を口にする。


「そ、あの指輪がファーラスと日本を繋ぐ、架け橋の役目になってたのよ」


 ベルが頭の後ろで両手の指を組みながら、少し寂しそうに答えた。


「まー、手紙の配達くらいなら、呼んでくれたら何時でもやるから」


 ベルが敢えて明るく「アハハ」と笑う。


「で、どーやったらアンタを呼べる訳?」


 新島春香がジト目でベルを睨む。


「アハ…ハ……そー言えばコッチに、アプリは無いんだっけ…」


 ベルの表情がシューンと沈んでいった。


「他のアイテムで代用とかは出来ないのか?」


 春日翔が真っ青な顔のアリスの肩を抱きながら、別の方法を模索する。


「世界を繋ぐような絆の詰まったアイテムなんて、そー簡単には見つからないよ」


 ベルが肩をすくめて苦笑いした。


「勇者とファーラス、両方に縁の深い物でないと」


「……そうか」


 そもそも記憶のない自分に、そんな見当がある訳がない。春日翔は押し黙ることしか出来なかった。


「待ってくださいっ!」


 そのときルーが、ハッとしたように大きな声を張り上げた。


「それって物じゃないとダメなんですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る