第73話

「それって物じゃないとダメなんですか?」


「ダメって訳じゃないけど、もしかしてあの家の事を言ってる?」


 ルーの発言に、ベルは左手の人差し指でアゴに触れながら首を傾げた。


「申し訳ないけど、まだまだ絆が足りないよ」


「違いますっ!」


 グイッと身を乗り出すルーの瞳が、さらにその輝きを増す。


「ファーラスには、ケータお兄ちゃんの妹さんがいるんです!」


「い…妹!?」


 ベルの声が、思わずひっくり返った。


「そ…そうです、栞里さまがいます。あの方なら、もしかしてっ!」


 ルーの発言で、アリスの瞳に再び力が宿る。


「ちょ…ちょっと待って!一旦話を止めてくれ」


 そのとき、ひたすら混乱した顔の新島恵太が、ベルたち3人の間に割って入る。


 新島春香も同じように、口をアングリ開けて絶句していた。


   ~~~


「恵太の両親が、ファーラスに召喚されてた!?」


 新島春香の驚いた声が、空高く木霊する。


「ボクに妹…しかも既に、お婆ちゃん」


 処理し切れない情報の大きさに、新島恵太の口と両耳の穴から煙が吹き上がった。


 真中聡子も、春日翔でさえ…あまりの事実に開いた口が塞がらない。


 そのとき目を閉じて俯いていたベルが、パッと勢いよく顔を上げた。


「確かにいるね、同じ波長の女性が…かなりご高齢のよーだけど」


「で、どーなんですか?」


 ルーがベルの目前、超至近距離までグイッと身を乗り出す。


「いやー、残念だけど…」


 ベルが鼻の頭をポリポリと掻きながら苦笑いした。


「バッチリ繋がってるわ、太いふっといパイプが…」


「それではっ!?」


 アリスが眩しいくらいに瞳を輝かせた。


「今度はファーラスで、皆んなと同窓会が出来るってコトだ」


 そこまで言って、「だけどなー」とベルが急に浮かない顔をする。


「…かなりのご高齢なんで、老い先はそんなに長くないかも」


「それなら問題ありませんっ!!」


 そのときアリスが「フンス」と勢いよく鼻から息を吹き出した。


「私がショウの子どもを身籠れば良いのです」


 一瞬の沈黙が、この場を支配する。


 それから春日翔が、自分の額を押さえながら、絞り出すように声を発した。


「あー、お前…急に何を言い出してん…」


「急ではありませんっ!」


 しかし春日翔の言葉を遮るように、アリスが声を張り上げた。


「既にお母さまの公認は頂いております。いつでも始められますよ」


「…そういう意味じゃない」


 幸せそうにニコニコと笑うアリスと対照的に、春日翔は右手で両目を覆いながら天を仰いだ。


   ~~~


「ケータお兄ちゃん、私たちも頑張りましょーね」


 ルーが顔を真っ赤に上気させながら、新島恵太の腕にしがみついてきた。


「頑張るって…まさか」


 まるで湯沸かし器のように、新島恵太の表情がみるみる真っ赤に染まっていく。


「モチロン、赤ちゃんですよっ!」


 その瞬間、新島恵太の脳天から「ピーッ」と勢いよく湯気が吹き出した。


「ふざけたコトを言ってるのは、この口かっ!」


 そのとき新島春香が鬼の形相で、ルーの両頬を捻りあげる。


「いひゃい、いひゃいっっ」


 ルーは両手で新島春香を突き飛ばすと、半分涙目で睨みつけた。


「何するんですかっ!?」


「それはコッチのセリフよ!」


 新島春香も負けじと睨み返す。


「生命のことですから、アリスさんが絶対成功するとは限らないじゃないですか!」


 ルーが然も当然というように、腰に手を当て胸を反らした。


「もしもの時のための保険は、絶対必要ですっ!」


 その勢いに一瞬怯んだ新島春香が、「ぐぬぬ」と腹立たしそうに唇を噛む。


「そ…そもそも私は、もーコレっきりでも何の問題もないのよっ!」


「またまたー」


 ルーが口元に手を当て「ニシシ」と笑った。


「聡子もルーも、私のリストに名前が挙がってること、忘れてんじゃないでしょーね?」


「勿論、分かってますよ」


 新島春香に凄まれながら、ルーはからかう様な視線を向けた。


「中野茉理さんに次いで、ちゃんと親友のリストに名前が載ってるって」


「う……」


 その瞬間、新島春香が言葉に詰まる。


「あら春香、私たちのこと、そんな風に思ってくれてたの?」


 真中聡子が新島春香にクイッと顔を寄せると、目を細めて意地悪く笑った。


 そんな二人の視線を受けて、新島春香はみるみる顔を真っ赤にさせる。それからガバッと空を見上げると、声を限りに叫んだ。


「うるさいウルサイ、お前らもー黙れーーっ!」

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