第70話

 ミサは身体の前方で闇鎌を構え、ベルの閃光魔法に何とか耐えていた。


 しかしその威力を受け止め切れなかった闇鎌が、黒の粒子と化しながら徐々に消滅していく。


 そこで力尽きたのか、ミサがまるで糸でも切れたかのように落下していった。


「ミサっ!?」


 ベルが焦ったように、ミサの身体を追いかける。いつのまにか、その姿は元の大きさに戻っていた。


 地面に激突する寸前で、何とかミサの身体を受け止めることに成功する。それからベルは、彼女を抱いたまま校舎の屋上へと飛んでいった。


「やりましたね、ベルさん」


 ルーが笑顔で出迎える。


 見回すと、全員が「ホッ」としたような表情をしていた。


「そーだね、助かったよ」


 ベルは笑顔で頷くと、ミサの身体を横たえた。


「だけど…」


 そこで屈んだ体勢のまま、ベルの全身がプルプルと震えだす。それからガバッと立ち上がると、勢いよく新島恵太を指差した。


「乙女の身体を許可なく巨大化させるなんて、ケータさんはデリカシーがなさ過ぎよっっ」


「…へ?」


 ベルに半泣きで睨みつけられ、新島恵太は思わず後退りした。


「だって、あーでもしないと…っっ」


「ソレとコレとは話は別っ!」


 物凄い剣幕でジリジリと歩み寄ってくるベルに気圧されて、新島恵太は自分の身体が縮み込んでいく錯覚を覚えた。


 助けを求めるように、新島恵太は仲間内に視線を動かす。しかし4人の女性陣は、素知らぬ顔でソッポを向いていた。


 最後の望みで春日翔に視線を向けると、声を出さずに「アキラメロ」と告げられた。


 どーやら自分が悪かったらしい…


「すみませんでしたっ!」


 新島恵太は腰を直角に折り曲げた。


   ~~~


「……ん」


 そのときミサが、意識を取り戻したように吐息を漏らす。気が付けば、ミサの衣装がベルと同じメイド服姿に変わっていた。


「ミサ、気が付いたのね」


 ベルが直ぐさま駆け寄ると、ミサの上体を抱えるように抱き起こした。


「……あれ?ベル、あなた無事だったのね?」


「私のコトより、アンタこそ大丈夫なの?」


 ミサの素っ頓狂な問い掛けに、ベルは思わず声が大きくなった。


「…そう言えば、身体に力が入らない」


 ミサが不思議そうに、自分の身体に視線を落とす。


「覚えて…ないの?」


 ベルの真剣な眼差しを受けて、ミサは額に手を当て顔を伏せた。


「何だろう?ハッキリ思い出せない。何だか長い夢を見てたような…」


「ミサ、アンタ堕天してたのよ」


 ベルは包み隠さず事実を告げた。ミサは驚いたように顔を上げるが、ベルの表情から嘘では無いことを確信する。


「堕天……そうか、私」


「何か思い出した?」


「何となくだけど……だけど待って!何で私、元に戻ってるの?」


 ミサは再び視線を落とすと、自分の身体を隅々まで確認していく。


「闇鎌ごと、聖杖を消滅させちゃった」


 ベルが申し訳なさそうに「アハッ」と笑った。


「……そっか。それなら私、また資格試験からやり直しか」


「ゴメンね」


 ミサの言葉に、ベルは深々と頭を下げた。


「何言ってるの!堕天した女神なんて、普通は討伐されてそれで終わりよ。元に戻れるなんて、今まで聞いたこともない!」


 ミサは両手でベルの両手を握りしめた。


「本当に、感謝してる」


 ミサのその言葉を受けて、ベルは安心したように微笑んだ。しかしその表情も、直ぐに真剣な眼差しに変わっていく。


「だけど…アンタみたいな真面目で優秀なヤツが、一体何で?」


「何で……」


 ミサは口元に手を添えると、考え込むように顔を伏せた。それから「あーーっ!」と大きな声を出す。


「思い出したっ!私あの時、ベルを助けようとしてたんだった!」

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