第66話

「何で邪魔するのよ、春香っ」


 屋上の隅にある貯水タンクの陰から中野茉理が姿を現し、新島春香に鋭い視線を向けた。


「茉理…」


「私はアンタのためだと思って」


「分かってる」


「だったら何で!?だってアンタ、お兄ちゃんのコトが…っ」


「好きだよ、世界で一番…好き」


 新島春香は一切の淀みも躊躇いもなく、真っ直ぐに応えた。


 その瞬間、カシャンとフェンスの鳴る音が響く。


「おま…いきなり、何言って…っ」


 フェンスに頭を打ち付けた新島恵太は、声が震えて言葉が出てこない。


 先程のキスを思い出したのか、目はグルグルと渦を巻き、口元はアウアウと空回りを繰り返した。


「だったら尚更っ、その想いはこの世界じゃ歓迎されないのよっっ」


「茉理、私ね…秘密にしてたコトがあるの」


 そう言って新島春香は、真っ直ぐに中野茉理を見つめた。


「私と恵太は、実はホントの兄妹じゃないの、従兄妹なの」


 新島春香が清々しい笑顔を見せる。しかしそれを聞いて声を張り上げたのは、中野茉理ではなかった。


「なん…何で知って……一体いつからっっ!?」


 新島春香は後ろに振り返ると、驚きと焦りの表情でテンパる新島恵太に、同じように微笑みかけた。


「恵太、私の初恋は2才だよ。突然現れた王子様のコトを、何で後から兄妹だなんて思えるのよ」


「2才……春香…お前、全部覚えて…」


「ちょ…ちょっと待ってよっっ」


 ようやく意味を飲み込めた中野茉理が、顔を真っ赤にして声を張り上げた。


「ホントに兄妹じゃないのっ!?」


「うん」


「ホントに従兄妹…なの?」


「まー、同じ戸籍に入ってるから何の障害もないって訳じゃないけど、結婚だって出来るんだよ」


 新島春香があっけらかんと「アハッ」と笑った。


「そんな……それじゃ私、何のために…」


 中野茉理は震える声で呟くと、腰が抜けたようにペタンと尻もちをついてしまう。


 新島春香はタッと駆け寄ると、身を屈めて中野茉理を優しく抱き寄せた。


「茉理、ゴメンね、ありがとう。私は日本ここで、ちゃんと幸せになれるんだよっ!」


 新島春香の言葉を聞いて、中野茉理の瞳から一粒の涙がポロリと零れた。


 その瞬間、中野茉理のクサリの付いた首輪に、光の亀裂がピシンと入る。それからピシピシと亀裂が増え続け、パリンと砕け散った。


 中野茉理のピンクに染まっていた頭髪が、徐々に茶色の頭髪に戻っていく。それに気付いた新島春香が「ホッ」とひと息ついた途端、2本のツノから黒いオーラが噴き出した。


「あ…ああぁぁあああーーっっ」


 同時に中野茉理が頭を押さえて絶叫する。


 新島春香は一瞬混乱に陥りそうになるが、中野茉理を抱く腕に力を込めて、声を限りに叫んだ。


「ア…アリスーーっ!」


 次の瞬間、破壊された屋上の出入り口から、アリスと春日翔が剣を片手に飛び出した。


   ~~~


「アリス、俺に合わせてくれっ」


 春日翔は出入り口から飛び出すと同時に、アリスをチラリと確認する。


「無理です」


「……は?」


 しかし続いて発せられたアリスのキッパリとした宣言に、春日翔は思わずアリスを二度見した。


「無理です、ショウが私に合わせてください」


「お前…」


 アリスは中野茉理ただ一点のみを見据えて、どんどんと加速していく。


(自信ではありません、事実です…ってか)


 アリスの言葉を思い出し、春日翔は「フッ」と微笑んだ。


「だったら全力でいけっ!必ず合わせてやる」


「元よりそのつもりです」


 二人は猛スピードで屋上を横断すると、向かって左側のツノをアリスが、右側のツノを春日翔が、新島春香の背後から同時に貫く。


 その直後、パーーンという甲高い音とともに2本のツノが砕け散り、黒い粒子となって風に舞うように消滅していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る