第62話

「じゃ、そろそろ始めるね」


 中野茉理が身体の前で右の手のひらを広げると、その上に赤黒い炎が燃え上がった。


「ちょっと茉理、何する気?」


 新島春香が屋上を見上げながら、焦ったような声を上げる。


「指輪…ですね。ハルカさんの持ってるモノと似ている気がします」


 魔力を集中させたルーの青い瞳が、闇夜のサイリウムのように輝いていた。


「えっ!?それじゃアレ、私のヤツっ!茉理に取られちゃったのっっ」


「ええっ!?」


 ルーは焦ったように新島春香を見た。今までの経験上、あの指輪には勇者のスキルと何かしらの密接な関係がある筈だ。


 それを利用して、中野茉理が何かをしようとしている。どー考えても、悪い予感しかしなかった。


「恵太くん、今すぐ逃げてっ!」


 同じ考えに至った真中聡子が、新島恵太に向かって声を限りに叫んだ。


「それが…出入り口に鍵が掛かってるんだっ」


「そんな…っ」


 新島恵太の返事に、真中聡子が絶句する。


「ショウっ!」


「任せろっ!!」


 アリスの声に春日翔が一瞬で反応すると、空中をパッパと駆け上がる。


「もー遅いよ」


 そのとき、中野茉理が後ろに倒れ込むように、屋上側へと落下する。そのままクルリと一回転して、新島恵太の背後に着地した。


「えっ!?」


 新島恵太が驚いたように振り返る。


 それと同時に、中野茉理が手のひらの炎を、新島恵太の胸に押し付けた。するとまるで吸収されるかのように、赤黒い炎が新島恵太の身体に溶け込んだ。


 中野茉理は新島恵太からスッと離れると、日陰の方に移動する。そしてそのまま、影から現れたシャドーパンサーと共に影の中に姿を消した。


「何なんだ、一体…」


 新島恵太は自分の胸元に目をやりながら、呆然と呟いた。


 次の瞬間、全身がドクンと大きく脈打つ。


 続いて、焼けるような衝撃が全身を駆け巡った。


「がっ…があぁぁああああーーー!!」


 新島恵太は断末魔のような悲鳴をあげると、膝から崩れ落ち、うつ伏せで地面に這いつくばった。


「恵太っ!」


 そのとき春日翔がフェンスの外側にたどり着き、カシャンとフェンスに貼り付く。


「…翔、助…けて」


 新島恵太はうめくような声を必死に絞り出すと、ゴロンと寝返りをうちながら、春日翔の方に身体ごと振り向いた。


 その瞬間、肩の大きく開いたメイド服を着た、長い黒髪をツインテールに結い上げた小学生くらいの少女が、空からフワッと舞い降りてきた。そして春日翔の身体を抱き寄せると、そのまま屋上から飛び降りる。


「な…にっ!?」


 春日翔は突然の事で何の抵抗も出来ずに、強制的に地面に連れ戻された。


「危ないアブナイ、ギリギリだったねー」


 少女は春日翔から離れると「ナハハ」とゆるーい笑顔を見せた。


「ベルっ!?」

「ベルさん!?」


 アリスとルーが同時に驚きの声を上げる。


「…誰?」


「さあ?」


 新島春香は真中聡子に顔を向けるが、彼女は肩をすくめて苦笑いした。


「おい、どういうつもりだ」


 春日翔はゆらりとベルの前に立つと、厳しい視線で少女を見下ろした。


「助けてあげたんだからさ、そこは感謝してほしーんだけど?」


「助けた…だと?」


 目を細めてからかうように笑うベルの姿に、春日翔は意表を突かれて言葉に詰まった。


「まーまー、ケータさんはひとまず大丈夫だから、とりあえず皆んな、校舎の中に入って入って」


 ベルが全員の背中を順番に押すように、校舎の中に誘導していく。


「ほらほら早く早くっ、話はそれからだって!」

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