第59話

『アリス……アリスってばっっ!』


「すみませんが少し黙っててもらえませんかっ?」


 アリスは目の前のリザードマンをファルシオンで斬り裂くと、左耳を押さえながら、やや斜め上を見上げて声を張り上げた。


 そうこうしているうちにも、オークやらゴブリンやらが群がってくる。


 商店街の中ほどで、アリスと春日翔は魔物の群れに襲われた。ちょうど脇道のないこの場所で、前後を魔物に挟まれてしまう。


 アリスは瞬時にファルシオンを呼び出すと、まだ開店前の本屋の出入り口のシャッターを斬り開く。その中に春日翔を押し込むと、自分は出入り口に陣取って応戦していた。


 そんな忙しいときに、ベルの声がアリスの脳裏に聞こえてきたのだ。


姫騎士ソードプリンセスの異名を持つアリス姫が、小型魔核レベルの魔物相手に、話しかけられたくらいで苦戦なんかする訳ないじゃん』


 ベルのニヤケ顔が目に浮かぶような声が響く。


「用件があるのなら手短にどうぞ…っ」


 アリスはゴブリンの首を撥ね飛ばしながら、観念したように溜め息を吐いた。


 そんな二人の会話が聞こえていた春日翔は、アリスに同情したような視線を向ける。


「アリス、剣を貸せ…手伝ってやる」


「いいえ、ショウ。私はアナタの事を護りに来たのです。助けられてばかりという訳にはいきません」


 アリスは振り向きもせずに答えたが、凛とした声には力強い剣士の矜恃が込められていた。


『アリスの気持ちも分かるけど、今回ばかりは折れてくれないかなー』


「…何故でしょうか?」


『閉じ込められたのは、あなた達だけじゃないんだよねー』


「えっ!?」


『しかも皆んなバラバラ…あんまり良い状況とはいえないね』


「……そういう事なら仕方ありません」


 アリスは大きな溜め息をひとつ吐くと、春日翔の方に振り返った。


「元々そのつもりだったし、問題ない」


 春日翔は優しい瞳でニッと笑う。


 アリスは頬を赤らめ頷くと、少し照れ臭そうに微笑んだ。


「いきますっ、スプリットフォーム!」


   ~~~


 ルーが学校の校門にたどり着いた時、長い尻尾の生えた二足歩行の魔物が、門を守るように立ちはだかった。


 魔物の姿は爬虫類の頭部をしており、灰色の鱗に覆われた体躯は2メートルを超えている。金色の胸甲鎧を身につけ、右手には身長ほどもある槍、左手には1メートルほどの楕円形の盾を構えていた。


 大型魔核レベルのキングリザードマンだ。


 キングリザードマンは一瞬で間合いを詰めると、小柄なルーに向けて連続突きを繰り出した。ルーは巧みなステップで、右に左に槍先を躱していく。するとルーの足元のアスファルトが、次々とガッガと抉れていった。


 業を煮やしたキングリザードマンは、大きく一歩踏み出すと槍をグワンと横に薙いだ。ルーは咄嗟に後方に飛び退くと、クルリと後方宙返りを決める。次の瞬間キングリザードマンが、空中で身動きの出来ないルーに向けて、槍を構えて猛突進した。


 ルーは空中でギリリと弓を引き絞り、キングリザードマンの顔面に向けて光の矢を射ち放つ。しかしキングリザードマンは、瞬時に盾で矢を弾いた。


 その隙に着地したルーは、キングリザードマンとの距離を再び稼ぐことに成功する。


「ルーっ!」


 そのときアリスが商店街の方から駆けつけた。後ろに春日翔も続いている。


「あ、アリスさんっ!」


 ルーは二人に気が付いて、ホッとしたような表情を見せた。


「ちょうど良かったです。私ひとりでは倒せそうにありませんでした」


(何を言ってるのよ、この子は…)


 アリスは驚きを通り越して唖然とした。


 相手は大型魔核の魔物である。ひとりで勝つとかの次元ではない。本来なら、軍隊を要請するレベルなのだ。


「サッサとコイツを倒して、早くアイツらと合流するぞ」


 春日翔はキングリザードマンの正面に進み出る。


 ここにも強気な人物がいた…


 アリスはクラッと目まいを覚えた。

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