第57話

「兄ちゃーん、表で女の人が待ってるぞー」


 朝、玄関から出たところで、「春日悟かすがさとる」が家の中に呼びかけた。


 春日悟は小学6年生で春日翔の弟だ。黒の短髪で、前髪が少し逆立っている。身長も高めで、160センチメートルはありそうだ。


「伝えたからなー、それじゃ行ってきまーす」


 そう言ってランドセルを鳴らしながら、玄関から飛び出していった。


 春日翔は自室で制服に着替えながら、顔をしかめてゲンナリした。朝から憂鬱に襲われる。


 こんな朝っぱらから家まで押しかけてくる相手は、初めてでは無いとはいえあまり多くない。窓から迷惑者の顔を拝んでやりたいが、相手に期待していると勘違いされるのもシャクである。


 春日翔はいつも通りに支度を済ませ、溜め息を吐きながら玄関を出た。


「あ、ショウ。おはようございます」


 直ぐさま無機質な言葉を浴びせかけ、追い返そうと考えていたが、そこにいたのはアリスだった。


 今日はグレーのパーカーにジーンズの、少しラフな格好をしている。


 それを見て自分の口から出た言葉は、春日翔の想定と少し違うものであった。


「お前、あのワンピース以外の服も、ちゃんと持ってたんだな」


「ショウのためにと選んだ服でしたが、ハーピー戦のときに少し切り裂かれてしまって…」


 アリスはションボリと悲しそうな顔をする。


「別に…それも悪くないんじゃないか?」


 そう言って春日翔は、スタスタと通学路をひとりで歩き始めた。


「本当ですか?」


 アリスは後ろから追いつくと、春日翔の顔を横から見上げた。


「……ああ」


 春日翔は前を向いたまま、無愛想な顔で答える。


 アリスは春日翔のそんな横顔を見つめながら、嬉しそうにハニカんだ。


 そのとき不意に、辺りの景色が灰色に染まる。


「えっ!?」


 突然のことに、アリスは思わず立ち止まった。


「ホント朝から何なんだよ…」


 春日翔は右手で額を押さえて、鬱陶しそうに天を仰いだ。


   ~~~


 真中聡子は教室で本を読んでいたが、チラリと目線を動かし時計を確認する。


 いつも通りなら、そろそろ新島恵太が登校してくる時間だ。


 そんな自分の何気ない行動に気付き、真中聡子は頬を赤らめ微笑んだ。少し前までの自分からでは、ちょっと考えられない変化である。


 こうなってしまっては、いくら文章を追いかけても内容が全く入ってこない。真中聡子は本を読むのを諦めた。本を読む姿勢のまま、意識だけは教室の出入り口へと向けておく。


 そうして新島恵太が朝の挨拶をかけてくれるまで、ツンと澄まして待つことにした。


 しかしそのとき、教室の中にいた数名の生徒の姿が一瞬で消え去った。


 いや違う…自分の方が囚われたのだ。


 周囲の景色から色が消えてしまっている。隔離結界というヤツだ。それに気が付くと、真中聡子は教室から勢いよく飛び出した。


 廊下を突っ切り、階段を駆け下り、そうして下足ロッカーにたどり着いたとき、たった一人でたたずむ新島春香の後ろ姿があった。


「何か…あったの?」


 真中聡子の呼びかけに驚いたように身体を震わせると、新島春香はゆっくりと振り返った。


「恵太と茉理が…一緒にどこかに消えちゃった」

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