第51話

 新島家の食卓は4人掛けなので、追加でパイプ椅子を持ってきて、そこに新島恵太が座っている。


 食卓の真ん中にはお鍋タイプのホットプレートが置いてあり、5人で「すき焼き」を囲んでいた。


 今日は土曜日なので父親の新島和義は仕事に出ていて、今日も帰りが遅いようだ。


 ちゃんと父親分の材料は除けてあるから残りの分は全部食べていいと、新島咲子から有難いお達しが下りている。


 ルーは皆んなでお鍋を囲むこの光景を、とても優しい瞳で嬉しそうに見つめていた。


「あ、そうそう恵太」


 ある程度お腹も満足してきた新島春香は、まだまだ盛々食べてる新島恵太に声をかけた。


「んー?」


 新島恵太はお肉を口に入れながら、新島春香に目を向けた。


「大学って、どーするの?」


「何だよ、突然?」


「いや、どーするのかなーって」


「そりゃ行きたいけど、ボクの学力じゃ、どーなるか分かんね」


「お母さんとしては、探してでも現役で行ってほしいわね」


 新島咲子が口を挟んで「ウフフ」と笑う。


「もしかして、一人暮らしとか考えてる?」


「はあ?」


 新島春香にグイッと身を乗り出され、新島恵太は身体を仰け反らせて距離を取った。


「だからまだ、何も考えてねーって」


「あらあら、春香はお兄ちゃんが出ていくのが寂しいの?」


 新島咲子は口元に手を当て、からかうように新島春香を見る。


「逆って言うか、別にそーいう訳じゃ…」


 新島春香は顔を赤らめながら、スッと体勢を元に戻した。


「ハルカさん!?」

「アンタ、まさかっ!?」


 新島春香の向かい側にいたルーと左側にいた真中聡子が、同時に新島春香を睨みつける。


「え、なに?二人とも、どーしたの?」


 新島春香はキョロキョロして、シラを切ったように驚いた顔をした。


「ケータお兄ちゃん、私の家庭教師になってくれませんか?」


「か、家庭教師ぃぃ!?」


 突然のルーの申し出に、新島恵太は目を白黒させて狼狽えた。


「ボクに同じ高校生の家庭教師なんて、無理に決まってるだろっっ」


「大丈夫ですっ!分からないところは一緒に教え合いましょう!」


「それって最早、家庭教師じゃないだろっ!」


 新島恵太がおツユを飛ばしながら、思わずツッコミを入れる。


「恵太くんっ!」


「今度は何!?」


 真中聡子からも名前を呼ばれて、新島恵太はさすがに身構えた。


「わ、私と…」


 言いながら真中聡子の顔が、みるみる真っ赤に上気していく。


「無理っ…教室でなんて、私には無理っっ」


 真中聡子は両手で顔を覆って俯いた。


「あらあら」


 新島咲子が息子の顔を見ながら優雅に微笑む。


「母親の前で二股なんていい度胸ね、恵太」


「え、ちょっと待って…」


 普段とは違う母親の笑顔に、新島恵太は冷や汗をかいた。


「ちょっとお母さんっ!!」


 そのとき新島春香が思わず声を張り上げる。


「あら春香、どうしたの?」


「二股だなんて、恵太に相応しい相手が、そんな何人もいる訳ないでしょっ!!」


「あら?」


 新島春香の言葉を聞いて、新島咲子は驚いたように目が丸くなった。


「ならちゃんと、真中さん一筋なの?」


「へあっ!?」


 新島咲子のその言葉に、真中聡子の頭からシュボンと湯気が吹き出した。


「違うっ!」

「違いますっ!」


 新島春香とルーが同時に声を張り上げる。


「あらら、これはどう判断すればいいのかしら?」


 新島咲子が困ったように微笑んだ。


「もーホント、勘弁してくれっっ」


 新島恵太は両手で頭を掻きむしりながら、半分涙声で絶叫した。

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