第44話

 アリスを中心に、2体のハーピーがやや上空を旋回し続けていた。それだけで、アリスの神経はどんどんとすり減っていく。


 そのときアリスの背後に回った1体のハーピーがピタリと止まると、翼から数本の羽をアリスに向けて撃ち出した。


 しかしアリスは瞬時に反応すると、振り向き様に神速の剣技で以って全て斬り落とす。


 その際、キンキィンと、硬質な金属音が辺りに響き渡った。


 どうやらハーピーの羽は、ナイフのように硬質化されているようだ。


 その攻撃とタイミングを合わせるように、もう1体のハーピーが両脚の鍵爪で、背後からアリスに襲いかかった。


 アリスの身体にハーピーの鍵爪が届く瞬間、アリスは身体を捻るように、背後に剣を振り抜いた。


 驚いたハーピーは寸前で上空に退避し、アリスの剣は空を斬る。


 警戒した2体のハーピーはアリスの頭上に陣取ると、硬質化した羽での遠距離攻撃に切り替えた。


 アリスは巧みなステップと剣技で以って、全ての攻撃をいなしていく。


 膠着状態に陥った。


 アリスの技量は凄まじいモノである。それは春日翔にも充分に分かる。だがそれでも、アリスの圧倒的不利は変わらない。


 仮にハーピーの攻撃に弾数制限があるなら分からないが、アリスの体力が尽きてしまえば、敗北は必至であった。


「ハーピーの攻撃は尽きないよ」


 まるで春日翔の心を見透かしたように、ミサがあっけらかんと言い放った。


 その言葉に、春日翔はミサをジロリと睨む。敵の言葉を鵜呑みにするかは別として、これが本当ならアリスの勝算は殆ど無くなった。


「このままでもそのうち勝つだろーけど、飽きちゃったな」


 そう言ってミサは、シャドーパンサーの腰をポンポンと叩いた。


 ミサのお尻の下で寝そべっていたシャドーパンサーは尻尾だけヒョイと動かすと、その先っぽを影の中にトポンと沈めた。


「あっ!?」


 その直後、アリスの悲痛な声が辺りに響いた。


   ~~~


 アリスはステップの着地の瞬間、突然何かに片足を払われた。


 柔道でいうところの出足払いである。


「あっ!?」


 突然のことに、アリスは一瞬混乱する。


 大きく体勢を崩されるが、高い平衡感覚で転倒だけは何とか避ける。しかし片膝を完全に地面についてしまった。


 その隙をハーピーは見逃さない。


 アリスの正面にいたハーピーが、硬質な羽を多数撃ち出す。


 アリスはその全てを、剣技だけで払い落とした。


 しかしその後の身体の捻りが不十分であったため、同時に背後から襲いかかったハーピーの鍵爪への対応が遅れてしまう。


 何とか自分と鍵爪との間に剣を割り込ませるが、その勢いに神器を弾き飛ばされた。


「くっ…」


 アリスは勝算を失った。


   ~~~


 弾き飛んできたアリスの剣は、春日翔の足元でカランと止まる。


 剣を弾かれた衝撃で、アリスは尻もちをついてしまっていた。


「あらら、コレは決まっちゃったかな」


 ミサが、まるで他人事のように「アハッ」と声をたてて笑った。


 空中で体勢を整えたハーピーは、2体同時にアリスに襲いかかった。


 春日翔はその光景を、まるでスローモーションのように感じていた。


 目の前を、一瞬何かがフラッシュバックする。


 脳裏をかすめたのは、何かを叫ぶ新島春香と巨大な紅い竜の姿。それから目の前を焼き尽くす炎。


「ああぁぁあああーー!!」


 春日翔は吠えた。


 心を埋め尽くしたのは、二度と目の前で、大切なモノを失いたくないという想い。


 春日翔は駆け出すと同時に、落ちているアリスの剣の柄を踏み抜いた。


 跳ね上がった剣を右手でキャッチすると、まるで空を飛ぶように空中を駆け抜ける。


 それはまさに「風」であった。


 一瞬でハーピーの背後にたどり着くと、1体の翼を斬り裂き、透かさずもう1体のハーピーを体当たりで吹き飛ばす。


「え…?」


 アリスはいきなり目の前に現れた春日翔を、呆然と見上げた。


「あらーー」


 ミサも意外なモノでも見たかのように、興味深そうに眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る