第43話

「あー、しまったーっ!」


 駅へ向かう道の途中で、新島春香が声を張り上げながら立ち止まった。


「急に何だよ、どした?」


 新島恵太は驚いたように振り返った。一緒にいた真中聡子とルーも、何事かと立ち止まる。


「教室に、体操服忘れた…」


「今日体育ありましたもんね、汚れたまま放っとくとカビますよ」


 ルーが心配そうに声をかけた。


「やっばー、取ってくる」


 新島春香はくるりと回れ右をすると、来た道を急いで戻り始めた。


「これでひとり脱落です」


 ルーは小声で呟くと、口元に手を当て「ニシシ」と笑った。「まー1日くらい大丈夫!」的な言葉が出てこないように、少し大袈裟に脅しをかけておいたのだ。


 そんなルーを眺めながら、真中聡子は何とか新島恵太と2人きりになる方法はないかと画策する。


 その瞬間、新島春香がピタリと立ち止まった。


 あまりのタイミングに、真中聡子とルーはギクリと心臓が跳ねた。


「あ、そーだ、恵太っ!」


 新島春香が輝くような笑顔で振り返る。


「今日も商店街行くから、20分後に入り口のトコに集合ね」


「あー、まだ探すのかよ?」


良いいーの見つかるまでって約束でしょ?」


「分かった分かった、ちゃんと行くよ」


「それじゃ、また後でね」


 新島春香は右手を大きく左右に振ると、再び学校に向けて走っていった。


「…やられたわね」


 真中聡子が憎々しげに呟いた。


「はい…こうなるとケータお兄ちゃんの性格上、もう連れ回すことは出来ません」


 ルーも諦めたように「はー」と溜め息をついた。


   ~~~


「ショウはそこの柱の陰に隠れていてください」


 アリスは2体のハーピーから目を離さずに、左手で場所を指差した。同時に「ファルシオン」を呼び出し右手に構える。


「…後で事情を説明してもらうからな」


 春日翔はそれだけ言い残すと、下足室前の小屋根を支える柱の裏に移動した。


 春日翔の真意は分からないが、自分の勝利を信じて疑わないその言葉に、アリスは思わず口元が緩んでしまう。


「ええ、必ず」


 アリスは自分の力が漲ってくるのを実感していた。


「やるねー、彼氏さん」


 ミサがからかうように春日翔に声をかけた。


 春日翔はチラリとミサを確認すると、すぐにアリスに視線を戻した。


「俺にはこんな事くらいしか出来ないからな」


「イヤイヤ、普通ふつーは出来ないよー、そんなコト」


 感心したような口調でミサが続ける。


 これは、褒められているのだろうか?春日翔には判断がつかなかった。


「とはいえ障害物のないこの地形…そんな言葉で不利が覆るほど、世の中甘くないよー」


 ミサは頭の後ろで両手を組むと、愉しそうに目を細めて微笑んだ。


 春日翔はそれには応えず、只々アリスに視線を注いでいる。


 そんな事は、異形の怪物の形状とアリスの得物を見た時から分かっていた。


 圧倒的不利な戦場に赴くアリスに、精神論的な言葉しか贈ってやれない自分に心底腹が立つ。


 自分の無力さをこれ程感じたのは、春日翔にとって初めての経験であった。


 ……?


 初めて…だよな?


 何故だか以前に、これ以上の絶望感を味わったことがあるような…嫌な気分に陥った。

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