第42話

「春日くん、一緒に帰ろーよ」


 下足室から出たところで、春日翔は少女の声に呼び止められた。


 顔を向けると、赤縁眼鏡をかけた茶髪ショートと少し吊り目の黒髪ロングの二人組の姿があった。


「確か、3年の…」


「あー、そういえば名前言ってなかったね」


 春日翔の反応を見て、茶髪ショートが思い出したように手を叩いた。


「私は日野美咲ひのみさきよ」


「私は佐久間玲さくまれい


 黒髪ロングが続いて名乗る。


「私はアリス=キーリンと申します」


 二人の更に背後から、凛と透き通る声が響いた。


 驚いた日野美咲と佐久間玲が咄嗟に振り返る。


 そこには、銀髪ボブヘアーの毛先と水色ワンピースの裾を風にはためかせながら、腰に手を当てやや大股開きで仁王立ちする少女の姿があった。


「また、アンタ!?」


 佐久間玲が忌々しそうにアリスを睨んだ。


「あなた、春日くんとどういう関係?」


 日野美咲もアリスに嫌悪の表情を見せる。


「私はショウの婚約者です。分かったら二度と、ショウには近付かないでください」


 二人の少女に凄まれるが、アリスには毛ほども効かない。まるで社交界ように華麗に微笑んだ。


「はあ!?」


 佐久間玲と日野美咲が驚いた声をあげると、二人揃って春日翔に詰め寄った。


「春日くん、今の本当なの!?」

「婚約者だなんて、嘘だよね?」


 このとき春日翔は、瞬時に脳内で計算した。


 面倒そうな先輩たちから解放されるには、アリスのこの茶番に乗るのが手っ取り早そうだ。


「今まで黙っていてすみません。彼女の言ってることは本当なんです」


 そう言って春日翔は、深々と頭を下げた。


「まさか……嘘に決まってる…」


 二人の少女が涙目でワナワナと震えだす。


「愛するショウの言葉が信じられないのですか?」


 アリスは春日翔の前に立ち塞がると、二人の少女を睨みつけた。


「嘘よウソよ…」


 佐久間玲と日野美咲は、ボソボソと呪文のように繰り返した。


「う…うがあぁぁあああ」


 その瞬間、二人の少女が頭を押さえて絶叫した。佐久間玲は仰け反るように天を仰ぎ、日野美咲は両膝をついてうずくまった。


「お、おい、大丈夫か?」


 春日翔が焦ったように一歩踏み出すが、アリスがそれを身体全体で押し留めた。


「アリス?」


「何か…変です」


 アリスは春日翔の身体ごと、少しずつ距離を取っていく。


 するとそのとき二人の少女の足下に、それぞれ魔法陣が描き出された。同時にそこから勢いよく黒い影が噴き上がり、佐久間玲と日野美咲の身体を飲み込んでいく。


 やがて二つの真っ黒な球体が形成され、パリパリと音を立てて砕け散った。


 中から2体の人影が出現する。


 羽毛に覆われた、裸体のような女性の姿。両腕は鳥の翼と化し、足先には鳥のような3本の鍵爪が生えていた。


「ハーピー…」


 アリスが呻くように呟いた。


 いつのまにか、世界が灰色に浸食されていた。


   ~~~


「一体何が…起きてるんだ?」


 春日翔は呆然と2体のハーピーを見つめていた。余りに現実離れした展開に、完全に混乱してしまっている。


「中型クラスの魔物ですが、こんな開けた場所では余りに不利です。とりあえず校舎の中へ」


 アリスは春日翔の手を取ると、校舎に向けて駆け出した。


「はいはーい、ここは通行止めだよー」


 そのとき校舎の入り口の影から、黒い豹が湧き上がってきた。背中には黒いマイクロビキニの少女が、黒いレザーブーツの足を組んで横乗りの体勢で座っていた。


 黒のオペラグローブをはめた両手で長い黒鎌を横手に持ち、進入禁止の意思表示をする。


「無理に通るなら、アタシが相手するよ?」


 2本の黒いツノの生えるピンクのショートボブを可愛く揺らし、大きな紅い瞳で妖しく笑う。その拍子に、黒い首輪から垂れているクサリがシャランと鳴った。


「まさか…ミサ!?」


 アリスは絶句した。ベルと同等の存在だと報告を受けている。普通にやって、勝てる相手ではない…


「せいかーいっ!だからここは回れ右してねー」


 ミサは口元でパーを広げると、「アハハー」と愉しそうに笑った。

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