第40話

「山田、おい山田!」


 新島恵太が山田隆史の肩を揺さぶると、「んあ?」と反応があった。


 山田隆史はゆっくりと目を開ける。すると、目の前の人物に気が付いた。


「あれ、新島…?」


 それからキョロキョロと辺りを見回した。真中聡子を呼び出した校舎裏だと気付く。


「お前、こんな所で何寝てんだよ。もうすぐ昼休み終わるぞ」


「寝て…た?」


 山田隆史が思い出そうとすると、ズキッと頭が痛んだ。思わず「うっ」と呻き声が漏れる。額を押さえて頭を振ると、肝心の人物がいないことに思い当たった。


「真中さんは?」


「ボクが来たときには、もういなかったよ」


「……そうか」


 山田隆史は顔を伏せて押し黙った。新島恵太も黙ってそこに立っていた。


「聞かないのか?」


「…気にはなるけど、知るのも怖い」


 新島恵太は鼻の頭を掻きながら顔を背けた。


「フラれたよ」


「え!?」


 新島恵太は驚いたように山田隆史に向き直った。


「お前なー、そんな嬉しそーな顔するなよ。俺は落ち込んでるだぞ」


「あ…!?」


 慌てて表情を正す新島恵太を見て、山田隆史は「ハハッ」と笑った。


「正直者かよ…ったく」


「わ、悪い…」


「真中さん、好きな人がいるんだと」


 そう言って山田隆史は、新島恵太の顔を真っ直ぐに見た。


「心当たり、あるだろ?」


「…ない……ことも、ない」


「確信あったんじゃねーか!何が、知るのが怖いだよっ!」


 山田隆史はバッと立ち上がると、新島恵太の腹部に軽くパンチを入れた。


 全然痛くはなかったが、突然のことに新島恵太は思わず「うっ」と呻き声を漏らす。


 それから二人は揃って笑い声をあげた。どうやらこの一発で「手打ち」ということのようであった。


   ~~~


 3階廊下の窓枠に肘をついて、ゆるふわショートボブの少女が裏庭を見下ろしていた。


「あ、茉理…廊下で何してんの?」


 教室に戻ってきた新島春香とルーは、廊下にいる中野茉理の姿を見つけて声をかけた。


「なんか、大変そーだったね」


 中野茉理は振り返ると、ニッコリと微笑んだ。


「やだ、見てたの?」


「あんな騒ぎになったら、そりゃ見るよ」


「…それもそーか」


 新島春香は観念したように頷いた。


「それにしても、春日先輩と一緒にいた人って誰なの?」


「あ、アレは私の姉です。忘れ物を届けてくれたんです」


 ルーが取り繕うように応えた。


「え、あの人、リースさんのお姉さんなの!?」


 しかしその声に反応したのは、中野茉理ではなかった。ワラワラとルーの周りに生徒が集まりだす。


「やっぱり、雰囲気あると思ったー」

「姉妹揃って、ホント綺麗ー」

「美人姉妹、萌えるー!」


 ルーはそのまま、生徒たちに教室の中に連れ去られていった。そんな様子を眺めながら、中野茉理が口を開く。


「春日先輩と仲良さそうだったね」


「でしょ?だから私じゃないんだって!」


 新島春香がグッと身を乗り出して力強く言った。


(私に力説しても意味ないんだけど…)


 中野茉理は苦笑いした。


「分かってるって!春香はお兄さん一筋だもんね」


「は…はぁー!?ちょっと何言って…」


「大丈夫ダイジョーブ、私はアンタの味方だから」


 顔を真っ赤にして狼狽える新島春香の肩を、中野茉理がポンポンと優しく叩いた。それから教室の中に入っていく。


「ちょっと茉理っ、ホント何言ってんのよ!」


 新島春香も慌てて後ろからついていく。


 大丈夫、私に任せて。私が必ず、春香の望む楽園に連れていってあげるから…


 前を歩く中野茉理の瞳から、スーッと光が消え失せていった。

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