風の精霊

第37話

「グオォォオオ!」


 レッドオーガが天を仰いで咆哮する。


 ビリビリと全身を貫くその声に、真中聡子は腰が砕けて尻もちをついた。


「こ…れ、図書…館の、怪…物?」


 真中聡子は愕然とした。アレは夢の中の出来事じゃなかったのか?


 そのとき、レッドオーガは持っていた金棒を無造作に振り回した。その一振りで、近くに立っていた樹木と校舎の壁が粉々に砕け散った。


「きゃあっっ」


 真中聡子は頭を抱えてうずくまる。バラバラと自分の身体の上に壁や木の欠片が降り注いだ。


 それからレッドオーガが左手で真中聡子を掴み上げると、自分の顔の前に持ってくる。衝撃で真中聡子の三つ編みが解け、黒髪がバサリと広がった。


 自身の処理能力を超えた余りの状況に、真中聡子は声はおろか、涙すら出ない。


 暫く真中聡子を凝視していたレッドオーガが、やがてゆっくりと口を開いた。


「真…ナか…サ…ん」


「山田くん!?」


「俺…の、もノ…に、おレだ…けの、モの…に」


 次の瞬間、レッドオーガの左手の握力に、ギリリと力が加わった。


「あっ…ああぁぁあああーーっっ」


 全身の骨が砕けてしまいそうな衝撃に、真中聡子は断末魔の悲鳴をあげた。


 目の前が真っ暗になり、意識が遠のいていくのが分かる。真中聡子は死を直感した。


『サトコッ』


 そのとき、何処からともなく少女の声が聞こえた。


 だ……れ…?


『サトコッ、私の名前を呼んでっ!』


 薄れていく意識のなか、真中聡子の脳裏を4枚の羽の生えた光の影が通り過ぎた。


 まるでお伽話に出てくる妖精の姿に似ている。


「し……る…ふ……?」


 そのまま真中聡子は、とうとう意識を手放した。


   ~~~


 アリスは銀杏いちょう学園の外周道路に姿を現すと、辺りを見回し人の気配がないことを確認する。


 それから学園の裏側の塀をヒョイと跳び越えると、容易に裏庭への侵入に成功した。


「ああ…一国の姫ともあろう者が、この様なことをするなんて」


 もう何度目かの自己嫌悪に陥る。


 しかし、春日翔の身を護るためには必要なことだと、自分を正当化して頷いた。


 この世界は、春日翔をつけ狙う不届き者が多過ぎる。油断も隙もあったものじゃないっ。


 しかしその時、周りの景色が唐突に灰色一色に染まる。この現象には見覚えがあった。


「これは…あの日と同じ!?」


 ルーからも報告のあった、空間の隔離だ。


 アリスは咄嗟に外塀に背中を預けると、辺りの様子を伺う。


 その直後、建物が崩れるような大きな音が轟いた。


 少し離れた場所で、砂埃がモウモウと舞い上がっている。


 報告どおり、やはり魔物もいるようだ。アリスは警戒心を強めた。


 そのとき…


「あっ…ああぁぁあああーーっっ」


 女性の悲鳴が木霊した。


 アリスは瞬時に駆け出していった。


  ~~~


 アリスが現場に駆けつけたとき、ひとりの少女が風をまとって空中に浮いていた。


 長い黒髪はバサバサと風に舞い踊り、背中には4枚の光る透明な羽が生えている。


 するとアリスに気付いたその少女が、縁無し眼鏡越しに水色の瞳をコチラに向けた。


「あ、アリスだ。ちょーど良かったよ、ちょっと手伝って」


 アリスは驚愕した。見覚えのあるその少女が、自分の名前を呼んだからだ。


「サ…サトコさんっ、もしかして思い出したの?」


「あー違う違う。私、シルフ。サトコは今、眠っちゃってる」


「え…シルフ!?」


 予想外の返答に、アリスは再び驚愕した。

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