裏庭の告白

第33話

「おはよう、真中さん」


 翌朝、新島恵太は机の上に鞄を下ろしながら隣の真中聡子に挨拶をした。


 真中聡子の朝は早い。


 新島恵太が登校する頃には、いつも席で本を読んでいる。


 最初の頃は声をかけるのを躊躇っていたが、最近は挨拶を交わすようになった。


 しかし今日は返事がない…


(聞こえなかったのかな?)


 新島恵太は鞄の中身を机にしまいながら、もう一度声をかけた。


「真中さん、おはよう」


 少し様子を見ていたが、やはり返事がない。しかし不思議と本のページをめくる気配もなかった。


 読書に没頭している感じでもなさそうだ。


(まさか…?)


 新島恵太は心当たりを思い出した。


 おそらく正解だ。しかし彼にはハードルの高い難問であった。


 やがて、新島恵太は意を決した。


「お…おはよう……聡子…」


 すると真中聡子はパタンを本を閉じ、新島恵太の方に顔を向けた。


「うん、おはよう、恵太くん」


 そして少し照れながら、ニッコリ微笑んだ。


   ~~~


「よお、新島」


 真中聡子と挨拶を交わしたところで、新島恵太は同じクラスで野球部の山田隆史やまだたかしに声をかけられた。


「おう、おはよう、山田」


 新島恵太と山田隆史は2年生になって初めて同じクラスになったので、まだそこまで親しい仲にはなっていない。こうして朝から声をかけられるのは珍しいことであった。


「お前最近、真中さんと仲良いよな?」


「え…そうか?」


 山田隆史が急に声を潜めて話し出したので、思わず新島恵太も声を潜めた。


 そういえば、真中聡子と山田隆史は1年生の時から同じクラスだと認識している。


 山田隆史はチラリと真中聡子の方を確認すると、新島恵太に更に顔を近付け小声になった。


「俺が告白するのを手伝ってくれないか?」


   ~~~


 真中聡子は急に山田隆史が現れたため、少し残念そうに再び本を開いた。


 しかし文章をいくら目で追っても、内容が頭に入ってこない。真中聡子は観念して読むのを諦めた。どうやら相当舞い上がっているようだ。


 もう本を閉じようと思ったとき、新島恵太と山田隆史の会話の中から自分の名前が聞こえてきた。


 思わず気になって、聞き耳をたてる。


「俺が告白するのを手伝ってくれないか?」


(えっ!?)


 思わず振り向いてしまいそうになったが、何とか堪えて視線を本に戻す。


「お前、真中さんのコト…」


「悪いかよ…?」


 真中聡子はドキドキした。心臓が痛い。


 山田隆史とは1年生の時から同じクラスだが、とりわけ親しかった訳でもない。正直、好きも嫌いも全くなかった。


 だけど、このドキドキは何だろうか…やはり好意を向けられるのは気分が良いということだろうか…


 そのとき、新島恵太の声が聞こえた。


「山田が自分ひとりで何をどうしようが、ボクには関係ない」


 その瞬間、真中聡子の心臓が大きくドキンと跳ね上がり、目の前が真っ暗になった。


(ああ、分かった。私、恵太くんの返事に期待してたんだ…)


 泣きそうになった。自虐的に「フッ」と笑う。


 仲が良くなった自信はある。しかし自分が抱いていた感情とは違ったことにショックを受けた。


「だけど、絶対協力はしないからなっ!」


 続いた新島恵太の言葉に、真中聡子は思わず振り返った。その声は、もはや抑えられていない。


「な…何でだよっ?」


「何でもだよっ!」


「お前、まさか…!?」


 二人は暫く睨み合っていたが、やがて山田隆史が去って行った。


 少しの間、山田隆史の背中を見送っていた新島恵太が、そのとき体勢を前に戻す。


 そこでハタッと真中聡子と目が合った。


 新島恵太は慌てて、誤魔化すような何でもない振りをした。


「あ…あれ?真中さん、何?」


「あ、えと、何か言い争ってたみたいだから…」


「あー…大丈夫、気にしないで」


「そう…?」


 二人はぎこちなく会話を交わすと、顔を伏せて少し沈黙の時間が流れた。


「それと、さ…聡子、でしょ?」


 真中聡子は俯いたまま、何とか声を絞り出した。顔が熱い。上気しているのが自分でも分かる。


「あー……でしたね」


 新島恵太も俯いたまま呟くと、熱いのか自分の顔をパタパタと手で扇いでいた。

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