第23話

 それは突然のことだった。


 窓ガラスの割れる音が響いたかと思うと、窓の近くに座っていた新島恵太と真中聡子の目の前に、灰色の大きな手が急に現れた。


 そのままその手は二人を掴み取ろうと迫ってくる。


 新島恵太は考えるより先に体が動いた。反射的に真中聡子の身体ごと、押し倒すような形で床の上に逃れる。


 気が付くと周りに誰もおらず、灰色一色の世界に一変していた。


「新島くん、あれ…何?」


 真中聡子が震える声で窓の外を指差す。新島恵太も振り返って確認する。


 窓の外には、灰色の巨人がいた。白い頭髪から黒いツノが二本突き出ている。


 まさしく「オーガ」だが、二人には知る由もない。


 オーガは右手に持つ、丸太のような棍棒を高々と振り上げる。新島恵太は咄嗟に真中聡子をドンと突き飛ばした。


 オーガの一撃は、図書館の壁を容易く粉砕する。大きな音が鳴り響き、瓦礫の山が新島恵太の上に降り注いだ。


「あ……あ…」


 真中聡子は尻もちをついたまま、顔面蒼白になる。


「新島くん…新島くん…」


 それから四つん這いで新島恵太の元に寄って行く。


 新島恵太はうつ伏せで倒れており、腰から下が瓦礫で埋れていた。


「逃げ…ろ、真中…さん」


 新島恵太はそれだけ絞り出すと、そのまま意識を失った。


「いやぁーーぁああ!!」


 真中聡子は泣き叫んだ。


 大穴の開いた図書館の壁から、オーガがズンズンと中に侵入する。それから、瓦礫に埋もれる新島恵太と四つん這いの真中聡子を確認すると、再び棍棒を振り上げた。


「よくも……恵太くんを…」


 そのとき、真中聡子がユラリと立ち上がった。


 真中聡子の異質な気配に、オーガは一瞬躊躇した。


「ユルサナイ…」


 真中聡子は左腕を横から前に、オーガに向けて振り出した。


 同時に、綺麗な銀色の毛並みの大きな狼が現れ、氷の霧を吹いた。


 するとオーガの全身が、腕を振り上げた体勢のまま一瞬で凍りつく。


 続いて真中聡子は右腕を頭上に振り上げた。


 ここの図書館は二階部分にも本棚があるため、ロビーの天井は吹き抜けになっている。


 そこにゴツゴツした紅い鱗に覆われた巨大な竜が、翼を一杯に広げて現れた。


 真中聡子が右腕をオーガに向けて振り下ろすと、紅い竜が火炎のブレスを噴いた。


 ブレスが凍ったオーガに命中すると、パキンと甲高い音が鳴り、一瞬で霧散した。


 真中聡子はオーガの最期に目もくれず、新島恵太のそばで膝をつくと両手で器を作る。


 するとその手の中に、オフショルダーの緑色のミニのワンピースを着た、背中に4枚の透明な羽の生えた妖精があらわれた。


 淡い金色の髪を頭の天辺でお団子にした水色の瞳の妖精は、真中聡子を見上げてニッコリ微笑む。それからフワリと飛び上がると、新島恵太の額に優しくキスをした。


 同時に新島恵太の身体が淡い光に包まれ、負傷が回復する。そして彼の身体の上を覆っていた瓦礫の山が砂と化し消え去った。


 ここで、まるで糸でも切れたかのように、真中聡子は新島恵太の上にパタリと重なって倒れ込んだ。


 3体の幻獣も、霧のように姿が消失していった。


   ~~~


 全てを見ていた新島春香は、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 周りの景色に色が戻っていく。


 ロビーの損壊は綺麗さっぱり無かったことになり、新島恵太と真中聡子は机に突っ伏すように、二人並んで眠っていた。

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