第18話
「あー、こんなときにサトコさんが居れば…」
「サトコ…真中さんのこと?なんで?」
ルーの独り言のような呟きに、新島春香が不思議そうな顔をした。
「あ、いえ、何でもありません」
ルーは両手の手のひらを振りながら、ブンブンと何度も首を横に振った。
「とにかく、核となる魔物を探さないと」
「探すってか、多分アレじゃない?」
新島春香が、ルーの背中越しに指差した。ルーも釣られたように振り返る。
そこには巨大な人影がゆったりと歩いていた。
豚の顔をした茶色い巨体、ゆうに2メートルはありそうだ。胴体には鉄の甲冑を着込み、右手には巨大な曲刀を握っていた。
「オークジェネラル!?」
ルーが焦った声を張り上げた。普段なら何とかなるかもしれないが、今の自分には相当厳しい。
「オーク…て、恵太がいたら喜びそーだけど、コレはゲームじゃないもんね…」
新島春香は「はー」と大きな溜め息をついた。
「結構大きいけど、大丈夫?」
「私ホントはエスパーじゃないんです」
突然のルーの告白に、新島春香は目を丸くした。
「何よ急に?そんなの元々信じてないわよ」
「ホントは異世界から来た、割と優秀な魔法使いなんです」
「あー…今ならちょっと信じちゃうわね」
新島春香は苦笑いした。
「なので、剣での戦いは不慣れなんです」
「だったら魔法使ってよっ!」
新島春香は思わず大声でツッコミを入れた。
「それがコッチの世界では、魔法が全く使えないんです」
「……」
せっかく真面目に聞いてたのに、何だか急に胡散臭くなってきた。
「アンタ、何処の厨二病よ…」
その瞬間、オークジェネラルが「ブギッ」と吠えて飛び上がった。一瞬でルーたちの真上に到達する。
「へ?」
新島春香はオークジェネラルを見上げたまま、思考が停止する。
「ハルカさん!」
ルーが身体ごと新島春香に飛びつき、アスファルトの上を二人抱き合ったまま転がっていく。
オークジェネラルの一撃は、容易にアスファルトの路面を砕いていた。
新島春香はルーに身体を支えられ、何とかヨロヨロと立ち上がる。全身が痛い。路面を転がったせいで全身擦り傷だらけだ。
新島春香は分かってなかった。
本当の意味で、コレがゲームじゃないってことを…
新島春香は悟ってしまった。
これから訪れる、自分の死を…
オークジェネラルがゆらりと立ち上がり、巨大な曲刀を構え直す。
「死ぬ…ホントに…死ぬ」
新島春香は全身がガタガタ震えだした。
「ハルカさん、落ち着いて!」
ルーが新島春香を抱き寄せた瞬間、オークジェネラルが再び跳ねた。
あー…死ぬんだ…
新島春香は恐怖から逃れるように目を閉じた。
想い浮かんだのは兄の少し怒った顔。
最後に怒らせてしまったからだ。
後悔した。
何でもっと、上手く出来なかったんだろう…
………
ああ、ダメだ…
このまま終わっちゃダメだ。
怒らせたまま、終わっちゃダメだっ!
新島春香はカッと目を見開いた。
「このままじゃ、死ねないのよーーっ!」
無意識に右の手のひらをオークジェネラルに向けて突き出した。その瞬間、襟元の指輪が輝きを放つ。
その直後…
ガキーーィンという甲高い音とともに、オークジェネラルの曲刀を弾き返した。
「こ、これは、聖女の結界術!?」
ルーと新島春香は、透明に輝く球体に包み込まれていた。ルーのすぐ横で、新島春香が右手を突き出し「フーフー」と荒い息をついている。
「ハルカさん、この状態を維持出来ますか?」
「多分ね、不思議と違和感なく使える」
「だったら後は任せてください」
ルーは自信あり気に「ニッ」と笑った。
「時間を頂けるなら、こんなヤツ一撃です!」
そう言ってツインセイバーを呼び出すと、その柄の先端どうしを組み合わせた。
「シュートフォーム!」
ルーの掛け声とともに、柄の先端部がガッチリ融合する。更に曲刀の刃先から弦が一本伸びていき、瞬時に白銀に輝く弓に変形した。
ルーがその弦をググッと引き絞ると、一本の光り輝く矢が出現する。そのときルーの足元から、渦巻くように風が吹き上がった。
「ちょっ…ちょっと!」
ルーのスカートの裾がバサバサとはためく。しかしモロに煽りを受けたのは、横にいた新島春香だ。めくり上がりそうなスカートを両手で必死に押さえていた。
「いっけーーっ!」
そんな事はお構いなしに、ルーはオークジェネラルに向けて矢を放った。
光の矢はオークジェネラルを容易に貫き、宣言どおり一撃で消滅した。
景色に色が戻った。
チラホラと通行人も歩いている。
気が付けば砕けたアスファルトも、元通りに戻っていた。
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