遥かなる異郷の物語

第17話

「何でこんな所に、野良犬の集団がいるのよ?」


 新島春香は訳も分からず困惑する。


「野良犬じゃありません。ダークウルフ、凶暴な魔物です」


「魔物って…ゲームじゃあるまいし」


「そーです、ゲームじゃありません。食いつかれたら…死にますよ」


 ルーの真剣さに、新島春香は思わず息を飲んだ。その瞬間、2体のダークウルフがヨダレを撒き散らせながら飛びかかってきた。


「いやっ!」


 恐怖に駆られた新島春香は、反射的に頭を押さえてその場にしゃがみ込む。


 しかし「ギャウウ」という獣の呻き声が聞こえただけで、後に何も起こらなかった。


 新島春香が恐る恐る顔を上げると、崩れるように消え去っていく2体の魔物の最期が目に映った。


「今のうちに、そこの電柱の陰に!」


 ルーが近くの電柱を、左手の曲刀で指し示した。


「う…うん」


 新島春香は、素直に電柱の陰に身を隠す。間髪入れず、数体のダークウルフが襲いかかってきた。


 ルーは巧みに身を躱しながら、ダークウルフを一刀の元に斬り伏せていく。まるで舞っているかのような、鮮やかな剣技であった。


 そのとき1体のダークウルフが、家の屋根伝いにルーに飛びかかった。


「ルー、上!」


「え!?」


 新島春香の焦った声に、ルーは顔を上げる。しかし飛びかかられた勢いのまま、ルーはダークウルフに押し倒された。


「ルーーっ!」


 新島春香は、悲鳴のような声で叫んだ。


 ルーは間一髪で、ダークウルフの牙を左手の曲刀で防いでいた。そのまま右手の曲刀でダークウルフの喉元を斬り裂く。


 半分涙目になっていた新島春香は、ルーの無事にホッとひと息ついた。


 しかしルーが立ち上がる隙もなく、更にダークウルフが襲いかかる。まるで馬乗りのように押さえつけられるが、その牙だけは曲刀をクロスに構えて防いでいた。


「ハルカさん、今のうちに逃げてください!」


 ルーが必死に声を張り上げた。


「え?」


「ベルさんがきっと何とかしてくれます。今のうちに…早く!!」


 新島春香は、呆然とルーを見つめていた。


 今ここで自分が逃げたら、ルーは一体どーなる?


「私を…」


 新島春香はボソリと呟いた。


「何してるんですか!早くっ!!」


 一向に動き出さない新島春香に向かって、ルーは更に怒鳴りつけた。


「私をみくびるなーーっ!」


 新島春香は電柱の陰から飛び出すと、ルーに覆い被さってるダークウルフの脇腹を、渾身の力で蹴り上げた。


 ダークウルフは「ギャワン」と呻いて、ルーから離れた。


「へ…?」


 ルーはあまりの事にポカンとする。


「アンタにはねー、聞かなきゃならないコトが山程あるの。それを聞くまで逃さないんだから!」


   ~~~


『ルー、ルー!』


「あ、ベルさん!」


 ルーが何とかダークウルフを倒し切ったとき、不意にベルの声が頭に響いた。


『ちょっとアナタ、今ドコにいるの?』


「それが…たぶん空間を隔離されてます」


『隔離!?』


「はい、以前まえにベルさんがやったのと、似ている感じがしますので」


『あらー…てことは、最悪の事態ってヤツじゃん』


「そーなりますね」


 ルーは思わず苦笑いした。どーしてこの人は、いつもこう、他人事のように言うのだろーか?


『状況は?』


「ハルカさんと一緒に閉じ込められて、魔物に襲われました。何とか出られませんか?」


『うーん多分だけど、核になってる魔物がいると思うからソイツ倒せば出られると思う。正直、外からの干渉は難しいんだよね』


「てことは…まだ何処かに魔物がいるんですね?分かりました、何とかやってみます」


『頼んだよー』


 ルーは「ふぅ」と疲れたような溜め息をついた。それからチラリと新島春香の方を見る。


 こんな会話、聞かれたら大変だ。聞こえてる筈もないのに、ルーはブルッと身震いした。


「誰、今の?ルーに全部、丸投げしやがって…もし会うことがあったら、絶対文句言ってやる!」


 あ…あれー、聞こえてた…


 ルーの顔から、ツツーと冷や汗が流れ落ちた。

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