第16話

 新島恵太が真中聡子を探して走っていると、渡り廊下の窓から、外を眺めて立ち尽くしている彼女の姿を見つけた。


「真中さん」


 自分を呼ぶ声に一瞬ビクッとした真中聡子は、それからゆっくり振り向いた。


「新島…くん、どうして…?」


「どうしてって、さすがにあんなの気になるよ」


 新島恵太は心配そうな顔をする。


「そっか…そうだよね」


 真中聡子は目を閉じると、ゆっくりと頷く。そして再び目を開いた。


「私ね、距離感近いって親によく注意されるんだ」


 真中聡子は努めてニッコリ笑った。


「気がつくと、相手のパーソナルスペースを越えちゃってるみたい」


 緊張でもしているのか、胸元に抱き寄せたいつものポーチを両手で弄ぶ。


「大抵の人は、大なり小なり身構えるから私もそこで気付くんだけど、新島くんはそんな素ぶりが全くなくて、私も居心地良くて油断してた。本当にごめんなさい」


 そう言って真中聡子は、深々と頭を下げた。


「あ、いやー、ボクも相手は女子なのに気にしなさ過ぎた。こっちこそゴメン」


 新島恵太も頭を下げる。


「に、新島くんは何も悪くないよ!私が気をつけなくちゃいけなかったんだから」


 真中聡子は焦ったように、首を横に振った。


「だけど高校に入ってからはホントに注意してて、上手くいってた筈なんだけど…新島くん相手だと油断しちゃってた…なんでかな?」


 真中聡子は顔を真っ赤にしながら、真っ直ぐに新島恵太を見つめた。


「なんでって…ボクには、分からないよ」


 新島恵太は思わず顔を背けた。こんな可愛い表情をするなんて全然思ってなかった。心臓がバクバク大暴れしてる。


「それも、そっか」


 真中聡子は「アハッ」と笑った。


「あのさ…」


 新島恵太は後頭部を掻きながら、ボソッと呟く。


「真中さんがイヤじゃないなら、続き教えてほしーんだけど…」


 真中聡子はハッと驚き、それから優しく微笑んだ。


「うん!勝手に中断して、ゴメンね」


   ~~~


「リストの上書きが必要だわっ!」


 駅へ向かう大通りで、新島春香は心底憎らしげに声を張り上げた。


「抜かれちゃいましたかー」


 ルーは、どこか楽しそうに笑う。


「なんでアンタといー、アイツといー、私の結界を易々と超えてくるのよ!」


「それはだって、ケータお兄ちゃんの好きな女子ひとですから」


 新島春香はルーの発する言葉の意味が、初め全く理解出来なかった。


 暫くして後…


「はあー!?アンタ何言って…はあー!?」


 新島春香は顔を真っ赤にして、隣を歩く少女を怒鳴りつけた。


「あー安心してください。私とハルカさんも、ちゃんと恋人ですから!」


「ちょっとアンタ、ホントに何を言って…」


 ルーの意味不明な発言に新島春香は困惑した。しかしその瞬間、周りの景色が一瞬で灰色になる。


「え、何?どーなってるの?」


「しっ!静かに!」


 キョロキョロと慌てる新島春香に、ルーが短く制止をかけた。


 この感じ、覚えがある。あの別れの日に女神ベルが施した術に似ている。


「どーやら私たちは隔離されたようです」


「隔離…て、アンタ何を…」


 新島春香は戸惑いながらルーを見るが、その尋常ならざる雰囲気に思わず息を飲む。


「来ます!」


 ルーが前方を見据えて鋭く叫ぶと、通りの先から十数体の黒い野犬のような動物の群れが現れた。


 ダークウルフだ、かなり数が多い。ルーは新島春香を庇うように前に立った。


「ちょ…ちょっと」


「ハルカさん、絶対に私から離れないでください!」


 ルーは振り向きもしないで、強い口調で叫んだ。それから両腕を左右に開く。


「ツインセイバー!」


 ルーの声と同時に、白銀に輝く刃渡り30センチメートル程の曲刀が、彼女の両手に握られていた。

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