第14話

 電車通学の真中聡子を駅まで送り、新島恵太が家に帰ろうとしたとき、そこでルーと新島春香に出会した。


「あれ?お前ら、こんなトコで何してんの?」


「ちょっとルーと喋ってた」


 新島春香は、心に渦巻く嫉妬の炎を微塵も見せずに笑顔を見せる。


「お前ら余裕そーでいいなー」


 新島恵太は羨ましそうな顔をした。その反応を受けて、ルーが口を開く。


「ケータお兄ちゃんは、勉強捗りましたか?」


「まーな。それにこれからも、真中さんに見てもらえるコトになった」


「え!?」


 ずっと様子を伺っていたとはいえ、会話の内容まではさすがに聞こえていない。新島春香は、思わず大きな声が出てしまった。


「あのオンナ、いきなりどーゆーつもりよ!」


「ん?だから、勉強見てくれるんだって」


「そーゆーコトじゃない!!」


 新島春香は、顔を真っ赤にして声を張り上げる。ルーはそんな彼女を背中全体で押し留めながら、新島恵太を軽く見上げた。


「ケータお兄ちゃんは、真中さんと仲が良いんですね?」


「あ、いやー、別にそーでもなかったんだけど、話してみると思ってた印象と全然違った」


 新島恵太は少し照れ臭そうに笑った。心なしか、頬が赤く染まる。その瞬間、新島春香の脳内でプツンと大きな音がした。


「恵太、次からは私たちも一緒に勉強するね」


 新島春香は背後からルーの両肩に両手を乗せると、笑顔とともにグイッと前に押し出した。


「さっき話してて分かったんだけど、ルーも授業内容が分かってない時があるみたい」


 言いながら新島春香は、両手の握力にギリギリと力が入る。両肩に強い力が加わり、ルーはほんの少し顔をしかめた。


「そ、そーなんです。日本語が理解出来ないコトが時々ありまして…」


「やっぱ、そーだよな。お互い頑張ってこーぜ」


 新島恵太はルーに笑顔を向けた。


「はい、お互い頑張りましょう」


 ルーも笑顔で応えると、新島春香を睨み上げた。


(ひとつ貸しですからね)

(わ…分かってるわよ)


 ルーの視線を受けて、新島春香は力なく頷いた。


   ~~~


「ルー」


 新島恵太たちと駅前で別れて歩いていると、ルーは不意に名前を呼ばれた。


 振り返ると、水色のワンピースを着た銀髪ボブヘアーの少女が立っていた。


「あ、あれ、アリスさん?来たんですか?」


「ショウに会ってきました…」


「……どうでしたか?」


「名前を…尋ねられました」


「…そうですか。私は自己紹介しましたよ」


 ルーとアリスは寂しそうな笑顔で「クスッ」と笑い合った。


「ねーねー君たち、今ヒマ?」


 そのとき突然、軽薄そうな声が二人に届いた。声のした方に顔を向けると、大学生風の男が二人、爽やかな笑顔でコチラを見ていた。


「奢るからさ、カラオケでも行こーよ」

「なんか暗そーな話してたっしょ?そんな時は、パーっと発散するに限るって」


 ひとりの男が近付いてくると、さりげにアリスの腰に手を回す。


「さ、行こ行こ」


「…ぇて」


 アリスがボソッと呟いた。


「ん?何か言った?」


 よく聞き取れなかった男は、アリスの顔を至近距離で覗き込んだ。


「私は今、虫の居所が良くありません。今すぐ消えてくれませんか?」


 強烈な怒りのオーラを撒き散らしながら、アリスは満面の笑顔を男に向けた。


「そんなコト言わずにさー」


 空気の読めなかった男は、さらに押しを強くする。


「お姉ちゃんを怒らせると、痛みを感じる暇もなく、首と胴体がサヨナラしちゃいますよ」


 ルーが可愛い笑顔で、サラリと怖い事を言った。男たちは、二人の様子にやっと気付く。


「お、おい、この二人…何かヤベーぞ」

「あ…ああ」


 二人の男の顔からサァーと血の気が失せると、愛想笑いを見せながらソソクサと去って行った。


 去って行く男たちに何の興味も残さずに、ルーはアリスの顔を見た。


「どーします?一度、私の家に来ますか?」


「ええ、そうするわ」


 アリスは「はー」と大きな溜め息をついた。

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