エルゼニアの姫、来訪
それから2ヵ月が経った。
俺がした返事がエルゼニアで波紋を呼んだらしいが、俺が超乗り気であるというのと何なら俺がエルゼニアへ会いに行くと言ったのが好意的に解釈されたようだ。
結局向こうから来る運びとなり、待ちに待った王女は首都パーン郊外に一万の兵と共に昨日到着したそうだ。
そして遂に今日、リーンハルト指揮の元、この日の為に作られた王城門前の野営地にエルゼニア精鋭五百騎が入ったと報告があった。
「アルタヴィオ様。ご準備は如何ですか?」
リーンハルト達が俺の部屋まで迎えに来た。
「お、おう。どう、俺。変じゃない?」
所々に細い青色のラインが入った真っ白な王族の礼服。それに金のチェーンをアクセント代りに、そしてお飾りの宝剣を腰にぶら下げている。
胸にはヴィクトリアを示す聖なる鷹の精巧な彫刻が施されたバッジを付けた。
硬い皮膚と美しい造形を持つユナイナリという爬虫類の皮で作られた靴を履いている。
髪は整髪料で固められ、下におろしてはいるものの多少の風如きでは靡かないほどガッチガチにされている。
「フフフ。私は大丈夫、いえむしろ大変ご立派だと思いますが……女性の視点から見てどうだ? シルッカ」
リーンハルトの背後からスレンダーなシルッカが姿を現した。
彼女は四神将の中で『風神』と呼ばれ濃い緑の短めの髪と瞳をしていてとても美しい。
俺が少年だった頃に、よくシルッカに俺の妻になれと無邪気に言ったものだ。その度にとても冷たい目で見下ろされていたのを今でも覚えている。そして何故かそれに俺はゾクゾクしていたのも。
そのお気持ちが本当ならもう少し大人になってからちゃんと順序を考えて口説いて下さい、と言われたものだ。
フッフッフ。気持ちは今も変わらないぜ? シル。その内ちゃんと迎えに行くぞ。
とはいえまずはディアナ王女だ。
「私も、格好良いと思いますわ、王子」
「有難う、シル」
「では、行きましょうか」
リーンハルトに促され、部屋を出る。
と、背後から甘ったるい声が聞こえてきた。
「ウフフ。王子! とっても格好いいですよぉ~~何たって私がセットしたんですから! 頑張ってきて下さいね!」
全く彼女は悪気が有るのか無いのかよく分からない。
「有難うアカネ。行ってくるよ」
―――
城門が開き、俺を守る様に四神将が周囲を固める。
俺とリーンハルト達の五騎の後ろに数百の兵士が徒歩で続く。
こんな大袈裟にせずにさっさとディアナ王女と会わせてくれりゃあいいと思うんだが。お互いまだまだ信用がないのか、これが所謂儀礼というものなのか。
前方に居並ぶエルゼニアの兵士達。
その先頭には文官と思われる男がひとりとヘルムトといい勝負をしそうなガタイを持つ将軍らしい男がひとり、長身だが細身のこちらも将軍だろう男がひとりいた。
「遠路遥々ご苦労様で御座いました。ヴィクトリア王家嫡男のアルタヴィオです」
アカネにしつこく教えられた通り、一字一句間違えずに言った。
するとエルゼニアの兵士達が皆頭を下げる。暫くして先頭の文官らしき男が口を開いた。
「お目にかかれて恐縮の至り。私はこの度の御顔合わせを仕切らせて頂いております、書記官のセイエツと申します」
そこでもう一度深々と頭を下げ、最初はデカい方、次に細身の方を手のひらで指しながら、
「こちらは竜騎将ラハン、こちらは虎戦将ツキで御座います。王女の護衛として付き添って参りました」
デカい方がラハン、細い方がツキね。語感がそれっぽくて覚え易くて助かる。リーンハルト達は何度か会った事があるだろうが俺は初めてだ。
というより今、俺の頭の中はまだ見ぬ異国の王女様の事で一杯だ。
お会い出来て光栄的な事を言っているがそんなのいいから早く会わせてくれ。
「……ではディアナ様の元へ。念の為、警護を厳重にした陣幕の中で待機頂いております」
「わわわかった。行こう、参りましょう」
馬を降りてセイエツ、ラハン、ツキの後について行った。
陣幕を過ぎ、王女がいる筈のちょっと大きめのテントの前に着く。
「ディアナ様。アルタヴィオ様が参られました」
中にいるであろう王女にそう声をかけたセイエツが俺に一礼し、どうぞ、と手で指し示す。
うお~~緊張して来た!
だが待て。
今まで俺は無条件に王女イコール美少女と決め付けていたが、本当にそうなのか?
え、ここまで来てもし鬼みたいな奴だったらどうする?
不意に頭に響く親父の声。
『お前が中途半端な事したら最悪は『戦争』だと思っとけ』
ひぃえええ。
だがここまで来て尻込みする訳にはいかない。心臓をバクバクいわせながらテントの入り口カバーに頭を突っ込んだ。
「入りますよ~~アルタヴィオでぇすぅ~~」
我ながら間の抜けた挨拶だ。
中央に立派なドレスを着た女性がひとりいる。濃い茶色の髪の毛は純潔のエルゼニア人である事を示していた。
正座をして頭を地面につけている。
ドキドキしてきた。
が、何か違和感が……
エルヴィールやシルッカ、ラダ達とは何か違う。
取り敢えず目の前に同じ様にして座り、
「頭をお上げください」
王女はゆっくり元の姿勢に戻り、ピタリと視線を俺に合わせ……ずに目が泳ぎまくっていた。
「うっ……」
正面から見たエルゼニア王女の御顔は……
それはもう。
この世の物とは思えぬ美しさ、ではなく。
とてつもない
えーー! ディアナ王女、子供じゃん!
違和感の正体が分かった。
ドレスが豪華過ぎて分かりにくかったが、なるほど、よく見れば小さい。俺もかなり背が低い方だが彼女はきっと俺より頭ひとつ以上小さい。
そして緊張していたのは俺だけじゃなかったみたいだ。いやむしろ彼女の方が数倍そうだった様だ。可哀想に肩から腕にかけてプルプル震えている。
「は、はじめましてっ。え……と、えと……ディアナっていいます!」
そう言ってまた地面に額を擦り付けた。
口上を必死で覚えていたのだろうが緊張でぶっ飛んだと見た。
不思議と相手が緊張しているとわかるとこっちの緊張は解けるもんだ。
「頭を上げて下さい、ディアナ王女」
「ううぅ……」
泣きそうな顔になってしまった。
クリックリな大きな目にうっすら涙を浮かべている。
可愛い。可愛過ぎる。頬擦りしたくなる。
「ディアナ様は今お幾つですか?」
「11歳……です。あ、でも来年には12になります!」
当たり前だ、それは。
歳は妹と同じか。にしては妹よりもかなり幼く見えるが。
「緊張しないでディアナ様。私が思っていたより遥かに可愛らしいお方で嬉しいです」
「ほ、ほんとですかっ。よかった!」
ニコッと笑うとあどけない。まだ本当に子供だとわかる。
どうやら年上好きと思われる俺にはちょっと幼過ぎる。
ふと天使の笑顔の額の真ん中辺りが赤くなっているのに気付く。
どうしたんだろう。病だろうか。気にしてるかもしれないし言わない方がいいよな、きっと……だがあの形は見覚えが……
とそこまで考えて何かを言う前に爆笑してしまった。
「どどど、どうなされたのですか? 私、何かしてしまいましたか……」
目の前の王女が困った様な顔付きになり狼狽えている。
「ア……ハハハ……ディアナ王女。貴方は本当に可愛らしいお方ですね」
「はぁ」
「私が来るまで一体どれ程の間、額を地面に擦り付けていたんです?」
「え⁉︎」
人差し指で俺の額を指し、
「両手の指先の形がここに赤ぁくクッキリと残ってますよ? アッハッハッハ……」
ディアナ王女は自分の額を手で押さえ、俯いてしまった。
「ううぅぅ……私っ、緊張してしまって……もし変な顔をしている時に入って来られたらとか考えてたら……最初っから頭下げたらいいやって思っちゃって……ごめんなさい」
「何を謝る事がありましょうか。私は貴女の事がとても好きになりました」
「ええぇぇ……ううう……良かったぁ……ですぅ~~」
顔を真っ赤にして嬉しそうに言う王女を前に、俺は頭をヨシヨシしてやりたい衝動を抑えるのに必死だった。
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