英雄伝の幕開け

 話がややこしくなる為、頰を膨らませる可愛いラダを宥め、一旦エルヴィールと二人きりにさせて貰った。


「さて。いや、災難だったな」

「うん……」


 何やらモジモジしている。

 やりにくい。


 もう襲っちゃってもいいかな。


 あ、やっぱりヴィオレットが帰ってくると調子出るなあ。


「で、お前、族長の娘なんだって?」

「うん」

「親御さん、うちの国ヴィクトリアの事嫌ってるんだろうな」

「いや、父も母もそうでもない。どちらかというと民だな」

「そか。じゃあほんとに俺と結婚したら上手くいくんじゃないか?」


 そこは本心でそう思う。やましい考えでは決して無い。


「お前の一存でそんな事、決められるのか?」

「決められるさ。何つっても王子だからな」

「いや王子だから決められないと思うんだけどな」

「そんな言葉が出て来るって事は、嫌じゃないと思っていいんだな?」

「う……ま、まあな。でもほんとに私なんかでいいのか? お前なら相手なんて選び放題なんだろ? それに私、もう22歳だぞ?」


 モジモジと膝を合わせながら横を向いて瞳だけを俺に向けてくる。


 あ~~可愛い……英雄ってイイなぁ……

 まだ誰にも認められていないが。


「何歳だって俺が好きになったんなら問題ないさ!」

「一体私の何を見て好きになったんだか分かんないけど、私、女っぽくないよ? 恋愛経験も無いから何言うか分かんないよ?」

「俺の方も同じだ。お互いの事をもっと良く知るべきだな」

「うん。そう思う。お前のあの変な幽体も含めてな」

「ああ、そうだ……」


 ……え?


「ゆう、たい?」

「? ああ、幽体」

「見えてたのか⁉︎」

「え? まあこれでも死霊使いネクロマンサーだからな。ああいう類のものは」


 当然といった表情でそんな言葉が返って来た。

 それを聞いてか、スッとヴィオレットが出て来る。


『これは興味深いな。アタシを認識出来る人間が居ようとは』

「お~~間近で見ると凄い。こんなの出せるんだなお前。さしずめアルタヴィオの悪の部分ってとこかな」

「そんな事がわかるのか!」

「何となくな。そうか。だからさっきはお前の話し方がおかしかったんだな」

「そうみたい。そん時はそれが自然なんだがな」

「へぇぇぇ珍しいな~~こんなの初めて見たな」

「何だ、初めてなのか……もっとこいつについて教えて貰おうと思ったのに」

「あれ? 自分でもよく分かってないの? ふーーん」


 エルヴィールはそう言うと右手の人差し指でツンツンとヴィオレットの胸を突いた。


『ひぃやぁっ! ななななっ……!』


 ヴィオレットが驚いて胸を押さえ、後退る。


「おお! エルヴィール! お前、ヴィオレットに触れるのか!」

「ヴィオレットって言うんだ。可愛いね、彼女」

『やめろ! 二度と触るな。今度触ったら……ひゃうん!』


 エルヴィールが太腿を突く。

 いいぞ。もっとやれ。

 あれ? やられてるのは俺?

 だがそうか。ヴィオレットと俺って感覚は共有してないんだな。


『野郎……調子に乗りやがってぇぇ』


 身を捩って涙目で怒るヴィオレットはとても可愛かった。

 が、突然、恐ろしい程の頭痛が俺を襲う。


「ウガッ!!」

『フ……フッフッフ! どうだ。アタシはお前の体を好きに出来るんだぞ?』


 何で俺にやるんだよ!


『これやるとアタシにもあまり良い影響が出ないからやりたくはない……がぁぁぁぁ』

「ほれほれほれ! 可愛いねぇ、ヴィオレットちゃん」


 ハァハァ言いながら一瞬勝ち誇ったヴィオレットだったが容赦の無いエルヴィールの連続攻撃についに屈する。


『やってられるか!』


 そう叫ぶとクルンと回って俺の中に消えていった。それと同時にゆっくりと頭痛も治まってくる。


「あ、うぅぅ……いってぇ……ヴィオレットの奴め!」

「でも私にやり返さなかったね、彼女」


 おう。そういえばそうだな。

 何で俺⁉︎ とは思ったが。


「あのの自我も根源はお前なんだね。て事はそれなりに私の事を大事に考えてくれてるって事かぁ」


 そんな事を呟きながら笑顔になった。

 よかったよ、君の笑顔が見れて。


 あ~~頭痛い。



 ―――

 帰途。


 真っ直ぐ城に帰らず、サーベルスの館に寄って食事をさせて貰った。ルーカスが興奮気味に周囲の人々に俺の活躍を語っていた。あいつを選んで正解だったな。


 ニューウェイ州の念話を使える魔術士にリーンハルトに繋いで貰い、事の次第を伝えておいた。

 最初は半信半疑な感じのリーンハルトだったがユリウス、ラダ、そしてルーカスの報告によって兎にも角にも信じてはくれた様だ。


 その上で危険な真似をしすぎだ、もっと立場を自覚しなさいと怒られた。


 全く……過保護だ。


 はいはいと適当に答えたらまた怒られた。

 その俺の姿を見てエルヴィールとラダが愉しそうに笑う。


 その日はサーベルスの館でゆっくりと休み、その後6日をかけて城に戻った。


 行きにはいなかったエルヴィール・フォロニグスを妻候補として連れて帰り、もうひとり、サーベルスに頼んでルーカスを俺付けの兵士にさせて貰った。こいつには俺の英雄伝を書いてもらうのだ。



 そして、ようやく帰って来た。


 終わってみれば初陣とは思えない程上出来の結果だったと言える。リーンハルトがガミガミ言うほど危うい所もなく、ユリウスとラダと3人で反省会を行ったが、むしろ反省していたのは主にラダだった。


 始めに俺がエルヴィールを見かけたと言った時に信じてついていけば良かったとか、守護炎陣を唱えたのは間違いだったとか、挙句、私は全くお力になれなかったと泣き出す始末だった。


 ユリウスは頷いて聞いていたが俺はラダに助けられた事をちゃんと述べた。俺ひとりならエルヴィールの元まで体がもたなかった筈だ。


「これに懲りず、また俺を助けてくれよ。ユリウス、ラダ」

「勿体無い御言葉、このユリウス、お育てした甲斐があったというものです」

「私のこの命、アルタヴィオ様に捧げます。御自由にお使い下さい」


 うーん。なら妻になれ、と言いたい所をグッと飲み込んだ。いやちょっと前までなら言っていただろう。

 だが何かそういう雰囲気とは違うと思ったんだ。空気を読んで自分を抑えた。



 ヴィオレットが出てきてまだひと月も経っていないが、あいつのお陰で俺は生まれ変わった気がする。出番が無く、ずっとひねていた俺を変えてくれたのは間違いなくヴィオレットだ。


 あいつが何を考えて行動しているのか、まだ掴みきれていない所もあるが、『アルタヴィオ(悪)』の割にそれ程悪い奴でもないと思う。



 こうして『アルタヴィオ英雄伝』が始まった。

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