アルタヴィオ(善(仮))

 鬼の形相で叫び、すぐに襲い掛かってくるのかと思いきや、今度は頭を抱えて苦しみだした。


「ああああぁぁぁ!」


 そのまま力が抜けた様に崩れ落ちようとする。


 これはいけない。いくら敵といえども苦しんでいるのであれば助けなければ。

 それがわたくしのモットー。


 そしてそれがわたくしの一目惚れの相手であれば尚更である!


 そう考えると同時にわたくしの体は動いていた。


「あ! アルタヴィオ様!」


 ラダが叫ぶがわたくしとてそなたの温もりは名残惜しい。だが今は苦しんでいる者が先だ。すまぬ、ラダ!


「これ……これ。大丈夫か?」


 地面に倒れる前に素早くその身をキャッチし、軽くペチペチと頰を張る。


「う、う……ん」

「おお、気が付いたか。わたくしは魔物では無い。ヴィクトリア王家の長男アルタヴィオである」

「う……ヴィクトリア、王家? ……は? アルタヴィオ? ……アルタ、ヴィオぉぉ⁉︎」


 大仰に驚くその女性の、先程まで濁った白色をしていた瞳の色が美しい深い青色となっている。


「ひょっとしてそなた、何者かに操られていたのではないか?」

「う……ん……わからん。そうかも……」

「何と。そなたも被害者というのか。よいよい。美しき女性よ、王子アルタヴィオの名において全て許してやる」

「許す? 私、何かしたの?」


 そこにようやくラダがやって来る。


「おおラダ。他の死霊系アンデッドは大丈夫か?」

「はい。新たに発生しなくなり、現在掃討戦に移っています」

「そうか、流石である」

「あの死霊系アンデッド達……ひょっとして私が?」


 本当に記憶が無いようだ。

 そういえばヴィオレット殿が彼女は死霊使いネクロマンサーだがそれだけではないと言っていた。


「ラダ、この女性、今回の一件の記憶が無いようだ」

「記憶が……失礼ながらそれは真実の事で? これだけの事をしておきながら?」


 ラダはこの女性を疑っておるようだ。だが人の心はそれぞれ、それも致し方ない。


「取り敢えず、尻拭いをさせてくれ」


 腕の中の美しい彼女が目を閉じて何やら呪文らしき言葉を発すると次々に死霊系アンデッドが消えて行った。

 なんと凄まじい力なのか。


「どうだ? ラダ。わたくしはこの女性を信じておる。何より瞳の色が先程までと違う」

「言われてみれば確かに」


 ようやくラダは剣を鞘にしまってくれた。さすがは未来の我が妻、聡い事だ。


「私、マイルヘイムとヴィクトリアの境目辺りをフラッと散歩してて……そうだ思い出した!」

「何を思い出した?」

「私は古代アンネ族のエルヴィール・フォロニグス。一応族長の娘。死霊使いネクロマンサーだよ」


 語り出した美しい彼女によるとこうである。



 ヴィクトリアの境目付近のとある場所で強い霊気を感じ、召喚したところ元ヴィクトリアの将軍ハドック・イーゼルだとわかった。


 まだ戦いの途中だと思っていた彼を神の元へ送ってやろうと話を聞いている内に彼女の中に潜り込んでしまった。


 その後の事は記憶に無いという事であった。



 ハドック・イーゼル将軍といえば過去のヴィクトリアの英雄である。

 かのハドック広場を作り、我らよりも百年以上も前に魔物からフィッソを防衛する為に戦っていた尊敬すべき人物。


 なるほど。思い当たる。

 序盤で我らの退路を断ったあの華麗な殲滅戦法。

 自らを囮として中型の死霊系アンデッドを展開しての包囲戦。


 これらはエルヴィールが考えたのではなく、彼に憑依されたが故という事だ。

 対峙した時に我らを魔物と呼んだのはまさにハドックの、志半ばで倒れてしまった無念の現れであろう。


 現世を彷徨う内に悪霊に取り憑かれてしまったか。安らかに眠った事を祈るばかりである。



「すまないね。なんか迷惑かけちゃったようで」

「なに、気にする事は無い。操られていたのでは仕方なかろう。誰にもそなたを恨ませはせぬ」


 先程のラダと同じく怪訝そうな表情でわたくしを見る。


「あんた、変わってるね? 王子なんだろ? 古代アンネ族なんてヴィクトリアどころか中央国家の全てから差別されまくってるというのに。汚らわしい死霊使いネクロマンサーの一族、マイルヘイムに住まう蛮族とか言ってさ」

「何と! その様な悪しき風習が! これはわたくしの精進が足らなんだ……その様な差別は必ず無くすと誓おう」


 エルヴィールの顔はそのわたくしの言葉で更に怪訝なものになった。


「あんた本当に変わり者だね? やめときな、そんな事。ムダさ」

「無駄ではない。お主はヴィクトリアと仲良くするのは嫌か?」


 少し考えた後、キッと口を結んでこう言った。


「いや、じゃあない。でも多分無理。そんな口約束なんかで済ませられる程、虐げられたうちの一族の恨みは浅くない」


 なんと!

 我が領地と他部族にその様な根深いシコリがあろうとは。


「それ程疑うのならエルヴィール。そなた、わたくしの妻にならぬか?」

「ああムダムダ……は? 妻ぁ⁉︎ はぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

「ええええ⁉︎」


 エルヴィールとラダが同時に、それどころか周りの兵士、そしていつの間にやって来たのか書記係のルーカスまで、皆一様に驚いておる。

 これはしっかり説明せねばなるまい。


わたくしの使命は国民の平和である。そしてそれはマイルヘイムに住まうそなたの部族や西の隣国エルゼニアや東のロークサイドであっても同様である。そして何よりわたくしはそなたに一目惚れしてしまった」

「な、な、な、何言ってんの⁉︎ あんたまだ子供じゃないの」

「子供ではない。もう16歳である。わたくしが嫌か? 嫌なら無理強いはすまい。残念だが他の手立てを考える」

「待て! 待て……頭が混乱して来た」

「お主さえ良ければこのまま我がテントに来るが良い」

「ふぁ……はあ⁉︎」


 一本一本が細く、長い銀髪。吸い込まれそうな青い瞳、通った鼻筋に形の良い唇。何と美しいのか。驚いてわたくしの顔を見上げるエルヴィールは女神の様だ。


「安心せよ。今宵、そなたを襲う様な無粋な真似はしない。ただ色々と話がしたい」

「は、はぁ」

「アルタヴィオ様……」


 ラダが複雑な表情を見せる。


 何とわたくしは罪深い事か。愛する彼女ラダを悲しませてしまったようだ。だがラダ。時が来れば必ずそなたにも求婚しよう。子供は5人……



『ハドック・イーゼルはアタシが追い出したぜ』



 ウッ……


 ……


《……シュンッ……》


 ……


 ヴィオレット!


 どこ行ってたんだ⁉︎


『ハドックに憑いていた悪霊を追い払った後、彼と少し話をしていた。で、話はさっさと済んだんだがお前のやっている事が滑稽過ぎてしばらく2人で鑑賞してたんだ。ハドックも爆笑して天に還ったぜ』


 ぐぬぬぬ……おい、俺は一体どうなったんだ?


『もう元に戻っただろ? アタシと再び繋がったせいでな。さっきまでのお前はアルタヴィオ(善(仮))とでも呼ぶべきか。プッ……プププ……アッハッハッハ! あ~~腹痛え』


 ヴィオレットが腹を抱えて笑う仕草を見せる。

 また頭痛くなってきた。

 わかったからもう戻れ。


『へいへい』


 あ、ヴィオレット。


『あ?』


 助かった。有難う。

 すると狐につままれた様な顔で見返して来た。


『……! か、勘違いするな! アタシはアタシの為にやっただけだ』


 フフッ。だから俺の為だよな?


 俺を睨むヴィオレットの姿がフッと消えると徐々に頭痛が治まってくる。


 さて……俺(善(仮))め。やりたい放題やってくれたな。

 ある意味、俺(悪)ヴィオレットよりタチが悪いぜ。



「わ、わかった。取り敢えず、行く」


 若干瞳を潤ませながらエルヴィールが言った。


 思い詰めた顔付きのラダもそれに続いて言った。


「アルタヴィオ様……わた、私は王子の護衛です。お側を離れる訳にはいきません!」



 どうしたらいいんだ、これ。

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