第4話 004

 夕日に照らされ、その葉を橙色に染めている草原を、白銀の鎧を身に纏った騎手を乗せた馬が駆ける。


 一蹴りで地面を抉り、力強い走りを見せる騎馬。その騎馬を巧みに操る騎手。それだけであれば優美かつ一つの絵のようだともいえるその光景。しかし、先も言った通り、それだけであればの話だ。

遠目に見れば一つの絵のように見えた光景も、近くに行けばそうは見えない。


 騎馬も騎手も所々を血で汚し、馬は一つ地面を蹴るたびに口から泡を吹く。騎手も最早満身創痍で、鞍に跨り手綱を放さないのが精一杯といった様子であった。


「早く……お伝えせねば……」


 満身創痍の騎手はうわごとのようにそう呟く。


 先ほどから頭がうまく働かない。あれと遭遇して手傷を負ってからだ。


「そうだ……早く、お伝えせねば……」


 うまく働かない頭で騎手はそれだけを常に考える。

否、それだけしかもう考えられない。


 うまく働かない頭では些細なことも考えられず、自身が憶えている使命だけがその脳内に充満していた。


 それが主への忠義の賜物なのか、それとも自分に課せられた責任だからか。はたまた直近の命令だったからかは定かではない。だが、騎手はそれだけは憶えていた。


 だからこそ馬を走らせる。


 仔馬の頃から育ててきた愛馬が泡を吹き、その蹄に付けた蹄鉄が剥がれ、その足を血に染めながらも、騎手は愛馬を止めることは無い。


 この前代未聞の一大事を、すぐさま領主様に報告せねばいけないのだから。


 そちの忠義やあっぱれ。勲章を下賜し、褒美を取らそう。


 物語なら、騎手は街を救うに至った立役者。数多の傷を負いながら、忠義のために帰還した誉れ高き騎士だ。


 騎士の子息は憧れ、将来はこの物語の騎士に恥じぬ騎士になろうと夢見る子も多きことだろう。


 しかし、現実と言う物語はいつだって無情だ。


 彼は忠義ものであった。忠義ものであったからこそ、彼は間違いを犯した。


 一つ目の間違いは、これは忠義云々は関係ないだろう。彼はまず、道を間違えた。


 朦朧とする意識の中、ただ馬を走らせた彼は、そこが草原であり、自身の住む街とほど近い街だということに気付いていなかった。彼はもう、自分がどこにいるのかすら分からなかった。


 二つ目の間違いは、彼が――――死ななかったことだ。


 忠義に篤い彼は街に戻ろうとした。使者として自身の住む街よりほど近いコールタの街に向かった彼は、最後までその責務を全うしようとした。が、結果彼は引き連れてきてしまったのだ。自身を襲った災厄を。


 ――大きな影が落ちる。そのことにすら彼は気付かない。


 ただひたすらに、彼は馬を走らせる。


「つた、えねば……」


 うわ言と化したその呟きは、最早誰も聞くことは叶わない。


 馬が限界を迎えその場に崩れ落ちる。騎手はなんの抵抗も、受け身すらも取らずに地面に投げ出される。


 無抵抗に地面を跳ねる。幸いだったのは、最早彼に痛覚は無く、自分が落ちたことに気付ける意識すら保てていなかったことか。


「つ……た……」


 言葉にならない音を漏らす。


 そんな彼に、大きな影が覆いかぶさる。


 ああ、何たる悲劇。誉れ高き騎士はそこで命運尽き果てた。


 彼の忠義も、愛馬のここまでの走りも、全ては無駄であったのだ。


 ああけれど。一つだけ彼が主に報いたとするならば、災厄が街に行くまでの時間を稼げたということだろうか。


 自身と、騎士仲間と、寸前に迫っていた街の全住人を犠牲にして得る時間ではあるが。


 ああ悲劇。騎士は多くを巻き込んで、主への忠義に尽くした。






 あくる日の朝。俺は太陽と共に目を覚ます。


 ――と言うとかっこいいから言ってみたが、実際には太陽が昇り切ったころに起きる。まあ、それでも日本にいたときよりかは早起きなわけだが。


 ともあれ、起床。


 簡素なベッドの上で起き上がり、伸びをする。掛け布団をはがして、立ち上がる。


「ふわぁ~~っ」


 盛大に欠伸をすれば、少しだけ眠気が戻ってくるが、二度寝をしては仕事ができないので我慢する。


 自分の眠気も無くなったことだし、朝一番の仕事に取り掛かる。


 俺の朝一番の仕事とは、隣のベッドに寝るアミエイラを起こすことだ。


 ……一応弁明をしておくが、二人部屋を借りるのは双方同意の上だ。俺はアミエイラを妹のように思っているので、別にアミエイラに欲情しないし、アミエイラも俺をそう言う対象には見ていない。宿代がこちらの方が安く済むからこうしているだけだ。決して下心とか、ラッキーな展開を望んだりとかはしていない。決して。断じて。


 とまあ、無駄な弁明はここまでにして。


「おい、アミエイラ、起き……」


 アミエイラを起こそうとしたその時、アミエイラが身じろぎをする。すると、何ということでしょう!


 ワンピースタイプの寝間着を着ているアミエイラのスカートの裾がめくり上がり、アミエイラのシミ一つない綺麗なおみ足が露わになっているではありませんか!


 数秒、見つめる。


 え? 欲情しないんじゃなかったのかって? それはそれ、これはこれ。綺麗な脚に罪は無い。そう、これは芸術品なのだ。芸術品を愛でて何が悪い。いや、ワルクナイ! 


 ……まあ、冗談はさておきだ。


「……はぁ。勘弁してくれ。無防備にもほどがある」


 俺は溜息を吐きながらめくれ上がったスカートの裾を綺麗に戻す。そして、何事もなかったかのようにアミエイラを起こす。


「起きろ、アミエイラ。朝だぞ~」


「う?」


「いや、う? じゃなくて。朝だ、起きろ」


 寝ぼけ眼で「う?」とか可愛く言うのやめてくれ。もう本当に可愛すぎて直視できないから。俺の穢れた心が浄化されんばかりの勢いだから。


「ほら、顔洗ってしゃきっとする。今日も仕事行くんだろ?」


「う、うぅ……」


「いや、う、以外にもなんか言ってくれよ……」


 頼むから萌えモンスターにならないでくれ。可愛すぎて愛でたくなる。具体的に言えばなでなでしたい。


「ほら起きろ。着替えも済ませろ。さっさと飯食って仕事行くぞ」


「う~っ。……う~」


 俺が語気を強めて言えば、アミエイラはようやく起き上がる。と思ったら――ちょちょちょ! ちょっと待てい!!


「アミエイラ! 俺まだいるから! 俺が出て行ってから着替えてくれ!」


 あろうことか、アミエイラは俺がいるにも関わらず、服を脱ぎ始めたのだ。


 いや、生足までなら俺的にギリギリ――アウト――だが、下着姿は流石に一発アウトだ。つまり――


「お前はもうちょっと恥じらいとか持った方が良いなぁ!!」


 どちらにしろアウトだ。


 もう無理、限界。


「部屋の外で待ってるから、さっさと着替えろ!」


 因みに、俺は着替えと言う贅沢なものは持っていない。いや、替えの服は一着あるのだが、今着ている服と替えの服を交互に着まわしているのだ。つまり、寝るときは次の日に着る服を着て寝ているわけだ。そうすれば、朝着替える手間が省けると言うものだ。


 アミエイラは、空間魔法とか言うチート魔法を持っているので、別空間に衣服などを保存しているらしい。


 流石過ぎてもう言葉も出ないと言うか、最早規格外なアミエイラになれてしまって大した反応もできないと言うか……。


 ともあれ、今は部屋の外に出るのが先決! 俺は取る物を取って急いで部屋を出て扉を閉める。


「意気地なし……」


 部屋を出るときに聞こえてきた小さな声は、聞こえなかったことにした。




「お待たせ」


「おう。んじゃあ、飯食ってギルド行くか」


「うん」


 準備の整ったアミエイラにそう言って、俺たちは一回の食堂に降りる。因みに、この宿は一回が食堂で二階が宿屋だ。


「あ、おはようございます、カナトさん! アミエイラさん!」


「おお! マイスイートエンジェル、マリナちゃんじゃないか! おはようマリナちゃん! 今日もご機嫌に可愛いね!」


「えへへ。ありがとうございます!」


 一階に降りてきた俺たちにいち早く気づき、元気に挨拶をしてくれるのは、この宿の看板娘のマリナちゃんだ。俺のおちゃらけ交じりの挨拶に、照れながらもちゃんと挨拶してくれるとても良い子だ。本当、俺の周りにいる数少ない俺の癒しだ。あ、もちろんアリザさんも俺の癒しだ。


「おはよう、マリナ」


「いでっ!?」


 挨拶をしながらも、アミエイラは俺の尻を蹴り上げる。


 視線で何をすると問いかけても知らん顔。なにか気に障ることでもしたかね?


「あはは……おはようございます、アミエイラさん。相変わらずお二人とも仲が良いですね」


 俺たちのやり取りに、少しばかり苦笑しながらもそう返してくれるマリナちゃんは、やっぱり優しいと思う。


「別に、仲は良くない。むしろ険悪。今日も朝から死闘を繰り広げてきたところ」


「お前、なんでそんな分かりやすい嘘をつくんだよ……」


「とても、仲が悪い」


 俺の言葉に、アミエイラはムッと頬を膨らませて言う。本当に、何か怒らせる事したかね? 


「膨れてると可愛くないぞー」


「ぷあっ。……もうっ!」


「ごはあっ!?」


 膨れている頬を突いて空気を抜くと、可愛らしい声とは裏腹に、全く可愛くないボディブローが見舞われる。


「ちょ、おま…………」


 俺はその場に膝をつき蹲る。


 何も食べてないけど、もうすでに吐きそうなんだが?


 まあ――


「食べる前で良かったわね」


 それは俺のセリフ。


「は、はは……本当に、仲がよろしいですね?」


 マリナちゃん、無理しなくていいんだぜ? 最後疑問形になってるからな?


「カナト、バカをやっていないで……ああ。バカなのはいつものことね。バカはバカなりに、バカに見えないように振る舞って? さあ、まずは床では無く椅子に座るの。できる?」


 無茶言うない。蹲ってんのが見えんのか?


「カナトは本当にダメ。しょうがないからワタシが椅子に座らせてあげる」


 そう言って、アミエイラは俺を持ち上げると、無理矢理椅子に座らせる。


 ま、待って。蹲ってる方が、まだ楽だった……!


「おう、お二人さん。相変わらず朝から賑やかだなぁ」


 俺たちの様子を見て、この宿の店主にしてマリナの父親――ゴードンが若干呆れた様子で声をかけてくる。


 馬鹿野郎おっさん。俺のどこが賑やかなんだ? 絶賛悶絶中だろうが。さてはおっさん。もう耄碌しやがったな?


「……なぜかわからねぇが、お前に馬鹿にされてるのだけは分かるぜ、カナト」


「……おっさん、今日も……あごひげ素敵……」


「とってつけたようにおだてるなぁ……」


 今攻撃されたらひとたまりもないからね。ゴマするよ、すりすりと。グラム幾らもしない安いゴマだけどね。


「はあ……まあいいさ。とりあえず、飯食うんだろ? 何食うんだ?」


「パンとシチュー」


「……消化に良いやつを……」


「はいはい。ちょっと待ってな」


 オーダーを聞き、厨房の奥に下がるおっさん。


 俺は料理ができる間、ずっと蹲って回復を図る。


「あ! そう言えば、今朝アリザさんが来て言伝を頼まれました」


 マリナちゃんが、可愛らしく手をポンと打ち付けながら言う。


「内容は?」


「なんでも、少々緊急の用事だとか。朝食後に、すぐ来てほしいとのことです」


「わかった」


 アミエイラはこくりと頷くと、俺の方を見る。


 分かってるよ、きな臭いって言うんだろ? 


 まあ、確かにきな臭い。ギルド職員であるアリザさんがわざわざ朝早くからここに来て俺たちに言伝を頼むこともきな臭さに拍車をかけているのだが、それ以上に朝食を済ませてから来いと言うのがどうも面倒ごとの予感がしてならない。


 『緊急』なのに頭に『少々』がついたり、わざわざ起こさずに言伝だったり。


 状況のちぐはぐさに思わず頭を掻く。


「まだ情報が確定してないってことか?」


 ギルドでもまだ情報を把握しきれていない。だから、緊急ではあるが、そこまで可及的では無い。もしかしたら杞憂で終わるかも知れないし、事態が解決している可能性もある。だからこそ、こんなにも曖昧な状況なのだろう。


「恐らく、ギルドでも判断を決めかねている」


「だろうな。はぁ……厄介ごとの予感」


 思わずため息を吐いてしまうのも、無理からぬことだろう。


「まったく、勘弁してほしいぜ。こちとら中級だっつうに……」


「しょうがない。カナトはワタシとパーティーを組んでいるのだから、ゴミみたいな実力でも呼ばれてしまう。諦めるほかない」


「……お前の優しさが辛いよ、本当……」


「今の、どこが優しかったんだろう……」


 俺の言葉に、マリナちゃんは苦笑を漏らしながら言う。


 ああ、マリナちゃんには分からないか。


 俺は微苦笑を漏らしながらマリナちゃんに言う。


「口の悪さが、こいつの優しさの証だよ。辛辣であればあるほど、な」


「う~ん?」


「ははっ。まあ、普通分からないよな」


 悩むように小首を傾げるマリナちゃんに、俺は笑みをこぼす。


「あい、お待ちどうさん」


 笑っていると、おっさんが料理を運んでくる。


「おう、サンキュー……って、おっさん。なにこれ?」


「なにって、見りゃわかんだろうが」


「いや、分かるけどさ……」


 そう言って俺は自身が指差すものを見る。熱々の鉄板の上に乗せられた、これまた熱々な肉の塊。そう、つまりはステーキである。


 焼いて香辛料をおっさんのオリジナルブレンドでかけただけのシンプルなものだが、焼き加減も味も文句のつけようがないほど旨いのだ。


 が、今そこはどうでもいい。


「おっさん。これどう見ても消化に良くなさそうなんだが?」


「どうせ嬢ちゃんに殴られただけだったんだろ? んなら早く回復すんだろうってことで、俺なりに気を使ったわけよ」


「いや、なら普通でいいんだが?」


 これ明らかに気を使い過ぎてるよね? て言うか朝に食うもんじゃないよねこれ? 俺今までで一度も朝にこれ頼んだことないよね?


 どういうこと? と視線で訴えかけると、おっさんではなくマリナちゃんが答えてくれた。


「お父さん、緊急の呼び出しがかかったって聞いた時からすぐにこれ仕込んでたんですよ? 危ない仕事に行く前にこれ食って精をつけてもらわなくっちゃなって」


「ば、ばか! 余計なことは言わなくていいんだよ!」


 マリナちゃんの言葉に、おっさんが慌てる。


「おっさん……」


「お、お前らがおっちんじまったら、うちの収入が減る。そんだけだ」


 照れたようにそっぽを向くおっさん。


 そんなおっさんに、俺は自然と笑みがこぼれる。


「おっさん……」


「な、なんだよ。礼なんていらねぇかんな」


「いや、礼は言う。ありがとう」


「お、おう。なんだよ、やけに素直だな」


 気にかけてもらって礼を言わないほど、俺は礼儀知らずでは無い。

が、礼はもう言った。これで礼儀は尽くした。俺は礼よりも、ずっと言いたいことがあった。

先ほどからせわしなく動いているおっさんに、俺は爽やかな笑みを浮かべながら言う。


「それはともかくとしてだ。……俺とアミエイラとの格差が尋常じゃないんだが!?」


 そう言って今まで見ないようにしていたアミエイラの方を向く。


 アミエイラの前には、アミエイラが頼んだパンとシチューの他に、俺と同じくステーキに、サラダ、パスタ、ケーキ、果実ジュース、フルーツの盛り合わせが乗っていた。


 アミエイラはそれを嬉しそうに食べている。それは良い。アミエイラが可愛いから許す。しかしだ。


「サービスしてくれるのは嬉しいんだけど格差つけられすぎて素直に喜べないんだが!?」


「馬鹿野郎! 俺が男相手にサービスしたんだ! それだけでも珍しいことなんだぞ!?」


「知るか! だったらもっと出血大サービスしてくれよ! そしたら俺ももろ手を上げて喜んだわ!」


「男にもろ手を挙げて喜ばれても嬉しくねぇ! 見ろ、嬢ちゃんの嬉しそうな顔を! この顔を見たくて俺はサービスしたんだ!」


「確かに嬉しそうに微笑みながらご飯を食べるアミエイラは可愛いけどな! けど! それとこれとは話が別だ! 俺にもサービスもっと寄越せください!」


「へりくだってんだか威張ってんだか分んねぇよ! だがどちらにしろ答えは否だ!」


「ずるい! 不公平不平等! 女尊男卑だ!」


「うるせぇ! さっさと食って早く行け! こちとらこれがバレたら――」


「バレたら、なんです?」


「――嫁さんに殺されるんだよ! ………………殺されるんだよ」


 おっさんは言い終わった後に気付いたのか、最後に力なく最後の言葉をリピートした。


 俺は途中から気付いていたが、おっさんの後ろには、ずっとその人がいた。マリナちゃんのお母さんにしておっさんの奥さん――マリサさんである。見た目は色んな意味で柔らかそうで、そして暖かそうな感じだ。垂れ下がった目は優しさを醸し出し、口にたたえた微笑みはまるで聖母のよう。マリナちゃんは、絶対にマリサさんに似たのだと分かるほど、二人は似ている。ともすれば、親子では無く姉妹に見えるほど似ている。


 閑話休題。


 マリサさんが、怖いほどの笑顔でおっさんの肩をポンと叩く。


「あなた? アミエイラちゃんが食べているのは、何かしら?」


「りょ、料理です」


「それは知ってるわ。それで? アミエイラちゃんが頼んだのかしら? どう見ても、いつも頼んでいるものよりも多いのだけれど?」


「そ、そうか? 俺には、いつも通りに見えるなー」


 おっさん、往生際が悪いぞ。


「あら~そう~。…………そんなわけないでしょ?」


「は、はい!」


 笑顔のまま低い声で言われ、おっさんはピンと背筋を張って返事をする。


 分かるぞ、おっさん。俺も自然と背筋がピンとなった。アミエイラもスプーンを握ったまま背筋を伸ばしている。やだ、そのポーズ可愛い。


「アミエイラちゃんとカナトくんはそのまま食べてていいわよ。あ、この人が勝手に出した料理はサービスだから食べて良いわよ。むしろ、残さないでくれると嬉しいわ」


 マリサさんの言葉に、俺とアミエイラはただこくこくと頷く。


「ふふっ、緊急招集がかかったんでしょう? それ食べて、頑張ってね。……あなた、裏に来てちょうだい。話があるわ」


「は、はい……」


 おっさんは悲しみを背負いながら勝手口から路地裏にマリサさんと出て言った。多分肉体言語と言う名の会話が繰り広げられるんだろうな。おっさんも朝から過酷だ。


「さっさと食って行くか……」


「……うん」


 俺とアミエイラは黙々と飯を食べる。


 そう言えば、マリナちゃんの姿が途中から見えなくなったと思ったら、一人我関せずとせっせと働いていた。


 おのれ、一人逃れおって……。


「カナト」


「あん?」


 俺が恨めし気にマリナちゃんを見ていると、アミエイラからお声がかかる。


 アミエイラは、俺の方に肉を刺したフォークを向けてくる。


「食べきれない」


「だろうな……」


 アミエイラの言葉に、俺は苦笑しながら答える。そして、差し出されたフォークに刺さっている肉を食べる。


「食えなかったら俺に寄越せ。余すことなく食ってやる」


「分かった」


 アミエイラはこくりと頷くと、食事に戻った。食べられそうに無いと思ったものを俺の皿の上に乗せる。


 次々とアミエイラが俺の更に除けるのを見て、思わず苦笑する。


「なにごとも、ほどほどにってことだな」


「うん」


「それとな、アミエイラ」


「うん」


「除けて良いって言ったけど、嫌いなものを俺に寄越せって意味じゃないからな? ちゃんと食べなさい」


「むー……!」


 俺に注意され、アミエイラはむくれる。が、きちんと自分で食べる。


「食べ物の好き嫌いも、ほどほどにな」


「……うん」


 頷いたはいいが、少しだけ不満げなのが、なんだか可笑しくてつい笑ってしまった。

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