第5話 005
食事を終えた俺たちは、早足にギルドへ向かった。
「それで、緊急招集ってなんですか? ドラゴンでも出ましたか?」
「開口一番に不吉なこと言わないでください」
受付にいるアリザさんに、俺は開口一番で軽口を叩いてみたが、アリザさんは疲れ切った様子だ。いつも笑顔を絶やさないアリザさんが笑顔を浮かべていない。これは思っていた以上に厄介なことになっているようだ。
「冗談ですよ。それで、どうしたんですか?」
「……実は、コールタからの流通が完全に止まってしまっているんです」
悩まし気に溜息を吐きながらアリザさんは言う。
コールタの街と言えばこのオリリアの街にほど近い街だ。街との距離が近いとあって、オリリアとコールタ間での流通は盛んだ。
その流通が完全にストップしたとあれば、確かに困るだろう。けれど、俺たちが緊急招集される理由には弱い。とすれば、その話は本題ではないのだろう。
「それで、本題は? まさかそんなことで俺たちを呼んだわけでは無いでしょう?」
流通が止まってしまったのなら、その調査は俺たち冒険者の仕事では無く、この街を治める領主の仕事だ。街の傭兵もどきの冒険者の仕事ではない。
「はい。流通が止まってしまったのであれば、その調査はこの街の領主様のお仕事です」
「けど、蓋を開けてみれば、今回の件はその領主様じゃ解決できない案件だった」
「はい……領主様は、コールタの街に五人の使者を送りました。けれど、誰一人として帰ってこなかったんです」
「道中魔物に襲われて全滅って線は?」
「……五回もですか?」
「は? 五回?」
唐突に言われた数字に、俺は疑問を覚える。
「領主様は、使者一人に五人の護衛を付けました。一人目が帰って来なかったので、次はその倍の護衛を付けました。それを五回も繰り返しました。それでも、誰も帰ってこなかったので、最後の手段としてギルドをお頼りになったのです」
……なるほどな。一気に五人の使者を送ったんじゃなくて、一人の使者を五回に分けて送ったって訳か。
まあ、確かに五人一気に使者を送っても意味は無いわな。ここからコールタまでは大した距離じゃない。それに、道中危険な魔物が出るというのも聞いたことない。
確かに、そんな楽な道中で五回にわたって使者を送って一人も帰ってこないと言うのも変な話だ。
「確かに、こいつは俺たち向けの話しかもな……」
この街に何人の騎士がいるのか知らないが、何回も使者を送って全滅させられているのであれば、この街の騎士は大幅にその人数を減らしていることだろう。であれば、これ以上騎士を減らしてしまうよりは、命の価値の安い俺たち冒険者に頼むのも納得と言うものだ。
まあ、領主様が領主としてのプライドを捨ててまで冒険者に頼んできたのか、はたまた自身の囲っている騎士が減ってしまうのを恐れて、俺たちにこの案件を寄越してきたのかで、俺の心境は大分変るが……。まあ、この街の領主様に限ってそれは無いだろうな。あの人、プライドとは無縁の人柄だしなぁ……。
ともかく、領主様から直々の依頼とあっては、俺たちに断ることはできない。
俺は面倒ごとの予感を覚え、頭を掻く。
「嫌な予感バリバリなんだが……はぁ……領主様の依頼じゃ断れねぇしなぁ……」
「すみません。カナトさんが腕に覚えがないと言っているのは、領主様も知っているのですが……」
そう言って、アリザさんは俺の隣を見る。正確には、アミエイラを見る。
……まあ、そんなこったろうとは思ったけどよ。
領主様が期待してんのはアミエイラの強さだ。けれど、アミエイラは超が付くほどのじゃじゃ馬だ。そんなじゃじゃ馬の手綱をうまく握れてしまっているのが俺だ。つまり、俺はアミエイラの付属品って訳だ。
「まあ、察しはつきますよ」
「すみません。カナトさんがおまけのような扱いになってしまって……」
「アリザさんが謝ることじゃないですよ。俺も、自分の立場くらいは分かってますから」
「そう言っていただけると、助かります」
そう言って、アリザさんは困ったように微笑む。
「む。二人だけで話を進めないで。ワタシにも分かるように説明して」
少しだけ苛立った様子で、アミエイラが割り込んでくる。綺麗な眉を寄せて睨むようにアリザさんを見る。そんなアミエイラの様子に、アリザさんは微苦笑を浮かべる。
いったい何をしているんだこいつは……。
「はぁ……アミエイラ、要するに、あれだ」
「なに?」
俺は溜息を吐きながら、アミエイラの頭に手を乗せてぽんぽんと軽く叩く。
「領主様はお前に期待してるってことだ。頑張ったら報酬たんまりもらえるぞ」
「むぅ、それは魅力的」
アミエイラは満足げに頷くと眉を戻す。
現金なやつだなと思いながら、俺はアリザさんに言う。
「それで、今から出発ですか?」
「いえ。三パーティー合同での依頼です。カナトさんたちが一番早く来たので、残り二パーティーなんですけど――あ、来ましたね」
そう言ってアリザさんが視線を移す。俺たちも、アリザさんの視線を追う。
「アリザさん、緊急の依頼って……って、カナトじゃないか」
「あ、本当だ! やっほー、カナカナ!」
そこには、イケメンと男の娘の美麗コンビがいた……って――
「レイとシアじゃないか。お前たちも呼ばれたのか?」
「も、ってことは、お前たちもか」
俺の質問に、レイが納得したように応える。
「ああ。おかげさまで、こんな大層な依頼に呼ばれるようになっちまったよ。まったく、腰巾着も辛いぜ」
「腰巾着と言うよりは、騎手と騎馬って感じだがな」
俺の冗談に、レイが苦笑を浮かべながら返す。
レイの冗句に、俺も思わず苦笑する。
「また、タイムリーな冗句を」
「いや、冗句じゃないんだがな……」
「てことは本気か? おいおい、俺たちは清く正しい関係だ。そんな特殊なプレイはしたことが無いぜ?」
「お前が何を言っているのか分からないが、おかしなことを言っているのは理解した……」
俺の冗句に、レイが処置無しとばかりに首を振る。
その様子に、俺はと笑みをこぼす。
「くくっ、冗句だよ」
「それを冗句に捉えてない奴もいるようだが?」
そう言って、レイが視線を向ける。その視線の先には、アミエイラとシアがいる。
「ねえシア。カナト今どういう意味で言ったの? ワタシ分からないわ」
「アミアミは純粋だからね~。いいよ、ここはボクが教えたげる!」
おいバカ止めろ。
俺の冗句を懇切丁寧にアミエイラに解説しようとするシアを、俺は首根っこを掴んでアミエイラから引きはがす。
「うちのアミエイラにはまだそう言う話はいいの」
「や~ん。カナカナったら過保護~! アミアミ大事にされてる~!」
「おいやめろ! 変な茶化し方するな!」
「シア、あまりちょっかいをかけるな。この二人は今の関係が一番面白い」
「ちょっと待て! 面白いってどういうことだ!」
「言葉通り、お前たちは見ていて飽きない」
「そうそう! 二人のやりとり、見てて楽しいよ!」
「見てる分にはな! お前ら空飛んでみるか!?」
「それは遠慮しておく」
「飛ぶのはカナカナだけでいいよ~」
「俺も飛びたくは無いんだが!?」
実際、あの紐無しバンジーは怖かった。景色は綺麗だったが、滅茶苦茶怖かった。あんなのは二度とごめんだ。
「空、飛ぶ?」
「飛ばない!」
小首を傾げて可愛らしく訊ねてくるアミエイラに、俺は全力で否と言う。
そんな様子を見て、レイとシアは可笑しそうに笑う。って言うか、アリザさんも笑ってやがる。
この二人と道中一緒に居なくてはいけないと考えると、戦力面では頼もしい限りだが、日常面で言えば俺の気苦労が増えるだけだ。
まだ始まってもいないのに、俺は溜息を吐いてしまう。
「ま、いいや。とりあえず、レイたちも一緒ってことで良いんですよね?」
「はい」
「んで、最後の一組は?」
これ以上俺の心労が増えるのは勘弁なんだが? と表情だけでアリザさんに訴える。が、俺の表情を見たアリザさんは何とも言えない表情をする。
「えっと……はい……」
なかなか口に出さないアリザさん。案外率直に物を言うアリザさんにしては、珍しいその光景に、俺は大体の察しがついてしまった。
「え、マジで? マジであいつら?」
「えっと……はい……」
「いや、いやいやいや! またまたそんなこと言って! アリザさんってばご冗談がお好きなんだから!」
ないない。絶対無い。あいつら来たら、心労どころか胃痛までする始末なんだが?
「いや、あいつら二日前に遠出したばかりですよ? そんなに早く帰ってこないですよ! それに、あいつら特権持ちがこんなことに首ツッコんでくるはずないじゃないですか~」
またまた~。何言ってるんですか本当に~。
俺は、笑顔を保ったまま言う。
そんな乾いた笑いを浮かべている俺の袖を、アミエイラがくいくいと引っ張ってくる。
「カナト」
「あん?」
「カナトこの前、そう言うの『ふらぐ』だって言ってた」
確かに、と俺が思った直後、ガシャガシャと喧しい音を立てながら複数人の人物がギルドに入ってくる。
俺はその音に嫌と言うほど聞き覚えがあり、我知らずげんなりとする。隣のアミエイラも、少しだけ眉をしかめている。
「アミエイラ、少し端に行ってるか」
「うん」
関わりあいになりたくないので、俺とアミエイラはその場から離れようとする。アリザさんから二人に説明があるだろうし、何より、俺たちは説明を聞き終わったからその間に荷物を少し整理しようと思ったのもある。が――
「やあ、皆さん。お疲れ様です」
向こうは俺達に関わる気満々のようだ。
呼ばれてしまっては、無視するというのも外聞が悪い。いや、俺とアミエイラは今さら外聞など気にも留めないのだが、俺達に懇意にしてくれている人も似たような目で見られてしまう。それは、俺もアミエイラは望むべくところでは無い。
渋々、顔にこれでもかと渋面を作り振り返る。
「……お疲れさん、色男」
「……死ね」
「どうも」
「どもー」
アミエイラ、それ労ってない。形だけでも労おう?
四者四様な挨拶。そんな俺たちの対応を気に留めた様子もなく、色男――イルミナス・クリスタリアはその美しい面に微笑を浮かべている。
イルミナスは、騎士の家系に生まれながら冒険者をしている。なんでも、家の方針で、若いうちに色々と経験を積ませるために冒険者をさせるのだとか。
しかも、イルミナスの実家は爵位持ちで、その爵位はこの街の領主よりも高い。なので、立場上冒険者と言えども、今回の緊急招集も断れたりするのだ。
そんな、後ろ盾もコネもある騎士見習の冒険者を、冒険者の間で特権階級と揶揄しているのだ。
なお、イルミナスの後ろにいるハーレムメンバー、もとい、パーティーメンバー兼護衛は実家から着いて来た騎士なのだとか。
彼らはイルミナスへの忠誠心が高いのか、俺達の言葉に眉を吊り上げている。
おーこわ。皆顔が綺麗なだけに迫力満点だ。
「君たちも呼ばれたのかい? おれたちも、呼ばれたんだ」
「へーそうかい。そいつは奇遇だな。俺達も呼ばれたんだわ」
「そうか。……うん。見たところ、体調は万全のようだね。良かった、これならちゃんと背中を預けられるよ」
そう言って、イルミナスが見ているのはアミエイラの方だ。暗にと言うか、最早分かりやすくと言うか、とにかく俺たちには興味が無いご様子。
ま、男に興味を持たれても気持ち悪いだけだがね。
「まあ、アミエイラさんなら当然か」
「そうだな。それじゃあ、体調確認もできたところだし、俺達は少し外すわ。荷物の準備をしなくちゃいけないし、ここに居ても邪魔になるからな」
そう言いながら、アミエイラの手を引いてその場を離れようとする。しかし――
「行くなら君一人で行きたまえ。アミエイラさん、この後一緒に作戦会議でもしながらお茶でもどうかな?」
アミエイラを掴んでいる俺の手に鞘に入ったままの剣を振り下ろしてくる。俺は咄嗟にアミエイラの手を離して回避する。
アミエイラは、不機嫌顔を隠しもせずにイルミナスを睨み付ける。
「行かない。死ね」
アミエイラさん、文脈繋がってませんよ? 最早その言葉を言いたいだけですよね?
「そう言わずに。美味しいと評判の茶葉を仕入れたんです。出陣の前に、ぜひ、ご一緒に」
「飲まない。死ね。ワタシは果実ジュースで十分。死ね」
すげえやアミエイラさん。最早文と文の間に死ねと言わなくちゃ気が済まないほどご立腹なんですね?
「ははっ、冒険者を相手に死ねとは、少々御冗談が過ぎますよ? 馴染みであるおれ達ならいいですが、そうでない人には誤解を招きますよ?」
アミエイラの絶対零度の視線を受けても、その爽やかスマイルを維持できるイルミナスに、いっそ尊敬の念を覚えるよ。て言うか、馴染みとか言って勝手に距離を詰めてくるその強気さがすげぇよ。こいつ本当にどういうメンタルしてるんだ?
「別に馴染みじゃない。くたばれ」
アミエイラさん、語彙を変えればいいってものでも無いと思う。
「ははっ、本当にやんちゃなお口だ。ダメですよ、アミエイラさん。女の子がそんなことを言っては」
「別に構いはしない。男だろうが女だろうが、ムカつく奴に礼儀を尽くす必要は無いって、カナトが言ってた」
おいアミエイラ。そこで俺を引き合いに出すな。
アミエイラがそう言うと、そこで初めて、イルミナスが俺の方を見る。口では皆様とか言っておきながら、やはりこいつは最初からアミエイラしか見ていなかったのだ。
「ふう……一緒に居る君が下品だから、彼女がそれに毒されてしまったようだよ? 言葉遣いとか色々、改めた方がいいのでは?」
「ご忠告痛み入るがね、生憎こいつは出会った時から俺に対しても辛辣だったよ」
もっとも、本心か本心でないかの違いはあるけどな。因みにさっきから言っていることは本心だ。本心で嫌悪しているっぽい。なにせ、目がマジだ。
「例えそうだとしても、それを正すのが仲間と言うものじゃないのかな? アミエイラさんがこのままでは、困るのは彼女だけではなく、君も困るだろう? まあ、もし君が彼女の教育ができないと言うのであれば、おれが引き受けるが?」
「ご提案至極ありがたいがね、こいつに何回言い聞かせても改めちゃくれねぇんだ。こいつ、生まれながらの狂犬らしくてね。最早処置無しだ。諦めな」
「狂犬ならなおさらそのままには出来ないだろう? うちで預かるよ。だから君は、安心しておれに彼女を引き渡せばいい。なに、安心したまえ。途中で投げ出すようなことはしないよ」
「ああ、お気になさらず。こいつもついて行って良い奴と悪い奴の区別はついてるんだ。限定的に狂犬なんだよ。それに、お前にこいつを御せるとは思わないがね……」
そう言って俺は自身の右腕を上げる。
そこには俺の右腕をガジガジと噛んでいるアミエイラの姿が。どうやら、犬扱いが不満だったようだ。
「がるるるるっ!」
「か、彼女、野生に帰ってるが、大丈夫か?」
イルミナスも若干引き気味にそう言ってくる。
「なに、いつものことだ。さて、どうやらこいつは腹が減っているらしい。おやつの時間をこれ以上先延ばしにしたら、俺の手がおやつになっちまう。それじゃあな」
腕を噛み続けるアミエイラを伴い、俺は踵を返す。
「ま、待て!」
そこで、我に返ったイルミナスが待ったをかける。
「これ以上『待て』をされると、こいつが限界なんだが?」
因みに俺の右腕ももう限界。滅茶苦茶痛い。
俺の茶化した言葉に、イルミナスはいつもの爽やかな笑顔を消して至極真面目な顔で俺を見据えた。
「正直に言おう。おれは、君にはアミエイラさんの隣は分不相応だと思っている」
「……それを決めるのはお前じゃない。アミエイラだ。相応不相応はアミエイラの価値観で決められる。お前が勝手に決めつけることじゃない」
「君の言い分ももっともではある。けど、周りはそうは思わない。弱い君がアミエイラさんと一緒にいることで、アミエイラさんの評価を下げていることに何故気付かない?」
「……生憎と、俺やアミエイラは周りの目なんて気にしちゃいねぇのさ。いらん心配だ」
「だとしても、君がアミエイラさんの成長の阻害をしていることは確かだ。アミエイラさんなら、もっとレベルの高い敵と戦えるはずだ」
「そうだな。ま、おいおい、俺もアミエイラも嫌でも戦うことになるさ。その、レベルの高い敵とな。だから安心しな」
「今回こそそのレベルの高い敵との相対だ。緊急招集がかかるということは、この件は相応の危険が伴う。正直に言おう、君では役不足だ。足を引っ張るだけだ。おれは君だけこの依頼から辞退すべきだと思ってる」
それは、彼の率直な意見で、戦力外通告なのだろう。
その言い分に、シアが眉を吊り上げて言い返そうとするが、俺はそれを片手で制する。
物言いたげなシアに、俺は視線を向ける。俺の目を見て、シアはバツが悪そうに下がる。
俺のために怒ってくれようとしたシアに、少しだけ悪いことをしてしまったと思いながら、俺はイルミナスの方を向く。
「降りねぇよ。アミエイラが行くんなら俺も行く。アミエイラが行かないなら俺も行かない。俺が動く理由はそれだけだ。それだけで、十分だ」
そう言い捨てて、俺は未だ俺の腕を噛み続けるアミエイラを引きずって歩く。
「君にそこは相応しくない」
俺の背中に、静かに、だが強い感情の込められた言葉が叩き付けられる。
「んなこと、分かってるよ」
俺はイルミナスに聞こえるか聞こえないかくらいの声量でそう答えた。
そう、分かっているさ。
彼女は強くて、俺は弱い。いずれ来る魔王との決戦で、十中八九俺は足手まといになるだろう。
彼女は目的を達成するための力を持っていて、俺が持っているのは目的と使命だけ。力も、知恵も、特別な能力すらない。与えられたのは特別な役目だけだ。特別な体験だけだ。
弱いなりの俺の戦い方も、きっと魔王には通用しないだろう。俺では、彼女に追いすがることすら難しいことなのだろう。
けど、それでも。俺は彼女の隣に居たいのだ。だって、そうしなきゃ、彼女は――
「?」
そこまで考えていると、不意に袖が引かれる。
見やれば、アミエイラが不安げな顔で俺の顔を覗き込んでいた。
「柄にもなく難しい顔してる。馬鹿なんだから、難しいこと考えるだけ無駄」
不安げな顔で、いつものように言われる。それを見てしまえば、彼女が俺のことを心配してくれているのだと嫌でも理解できる。
彼女が俺を心配する。それは、裏を返せば、彼女もイルミナスの言っていることを否定できないからだ。否定できないから彼女は俺が傷ついてしまったのではと気にかけて声をかけてくれるのだ。
アミエイラを不安にさせてしまったことに、俺は自分の不甲斐なさを実感し溜息を吐く。
袖を掴まれていない方の手で彼女の頭を優しく撫で安心させるように微笑む。
「大丈夫だよ。俺は大丈夫。俺はお前を――――」
言おうとして、口を閉じる。
この言葉を言ってしまうのは傲慢が過ぎる。それに、その言葉を言ってしまえば、俺は後には戻れない。俺は彼女に、責任を持てない。
途中で言葉を止めた俺を彼女は訝し気な顔で見る。
「なに?」
「いや、なんでも――」
無いと言おうとして、その言葉を止める。正確には、止められる。
アミエイラは俺の胸ぐらを掴み、ぐいっと引き寄せる。アミエイラと俺の距離が物理的に縮まる。
「言って。中途半端に止めないで。ワタシに――――」
アミエイラの目が不安に揺らぐ。
「――――期待をさせないで」
「――っ!」
その一言で、俺は何も言えなくなる。
そして、また自分の不甲斐なさを情けなく思う。
言いたい一言を、言わなくちゃいけない一言を、俺は言えないでいる。そのせいで、彼女に弱さをさらけ出させてしまう。
彼女が、今までどんな扱いを受けていたのかを俺は知っているはずなのに。どういう出会いをして、どういう別れをしたのかを俺は知っているはずなのに。彼女が、なんでこうも不安がっているのかを、俺は知っているはずなのに。
俺は、なあなあで彼女の隣にいるわけじゃない。俺は、彼女の性質を知ってなお隣にいるのだ。軽い気持ちじゃない。軽い気持なんかで、彼女の隣に立ってはいけない。
だからこそ、イルミナスが彼女を仲間にしようと思った基準が、強さと美貌だけだと気づいて俺は譲れないと思った。
彼女をそう言う目で見ているやつが、彼女から離れなかったことが無いのだ。
彼女の人間性も、性質も見ないやつが、彼女をすぐに切り捨てる。
そうして彼女は傷ついて来たのだ。
だからこそ、そう言う目で見ないで彼女を仲間と思ってくれる者が現れるまで俺はこの場所を退くわけにはいかないのだ。
俺は彼女のことを理解しているからいい。どんなに酷いことを言われても、彼女が本心か本心で無いかなんて分かるから。
だから、俺は彼女にとって丁度良い存在だったのだろう。気の置けない存在には、なれたのだろう。
俺にもそれは分かる。彼女の態度は、言葉以外を見れば大分軟化している。一緒の部屋に寝泊まりするようになったのも、そのいい例だろう。出会った当初の彼女は、そんなこと絶対に許さなかっただろうから。
そのことを、彼女に認められたのだと嬉しく思う。けれどその反面、もし俺がいなくなってしまったとしたら、彼女はやっていけるのかと考えてしまう。
俺は弱い。この世界の人間じゃないから魔法も使えない。筋力だって無い。体力だって相応だ。特別でない人間である俺が、特別な役割だけ与えられてこの場に来たのだ。
そんな俺は、多分、魔王と戦ったら……いや、戦う前に死ぬ可能性すらある。俺では、生き抜くことだけで精一杯だ。強い奴に少し小突かれただけで死んでしまうだろう。
そんな俺が、もし仮に死んでしまったとして、彼女はやって行けるのだろうか?
彼女は強いが、年相応の女の子だ。嫌なことがあれば傷つくし、悲しいことがあれば泣いてしまう。そんなか弱い女の子なんだ。
だからこそ、今の関係のままが良いと俺は思っている。いや、正直なことを言えば、今の関係ですら行き過ぎてしまったとすら思っている。その上で、俺が今思っていることを言ってしまった場合、俺と彼女の関係は劇的に変わってしまう。自信過剰かもしれないが、そう確信している。
だからこそ、俺は簡単に、軽い気持ちで口約束なんてできないのだ。俺がその約束を守れるかどうか、分からないのだから。
けれど――
「……」
ジッと俺を見つめるアミエイラ。
俺は彼女を、不安にさせたままではいられない。彼女のそんな姿なんて見たくないから。
だから、確信も持てないのに言ってしまう。今すぐに、彼女のそんな表情を払拭したいから。
「大丈夫だ。俺はずっと、お前の隣にいるから」
俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んで頷いた。言葉にすると、歪んでしまうから頷くだけなのだろう。
「おっ二人さ~ん! いちゃいちゃしてないで準備済ませよ~!」
「うおっ!?」
「ひゃっ」
後ろからいきなり大きな声を出され、驚いて声を上げてしまう俺たち。
振り返ればそこには、にんまり笑顔のシアと、生温かい視線を向けてくるレイがいた。
「お、お前ら、説明聞いてたんじゃないのかよ!」
「話の大筋は聞いた。強い敵が出るんだろ? それなら、オレは一も二もなく了承だ」
「ま、元々拒否権ないしね~。それに、まだ詳しいことが分かってないんでしょ? その為の調査依頼なわけなんだし」
「だから、話自体はそんなに長引かなかった。まあ、おかげで良いものが見れたがな」
そう言ってからかうように見てくるレイに、思わず顔が赤くなる。
やべぇ! 思いきり恥ずかしいこと言ったぞ俺!
思わず、レイから視線を逸らす。すると、丁度アミエイラも視線を逸らしたところらしく、がっちりと視線が合う。
「――ッ!」
途端、アミエイラが勢いよく首を振って視線を逸らす。
視線を逸らしても赤くなった耳は見えるわけで、彼女が恥ずかしがっているということが良く分かった。
「べ、別にいちゃいちゃなんてしてない! シアの勘違い。妄想が激しいだけ。よくそんな恥ずかしい妄想できる。恥ずかしくないわけ?」
「ぷぷ~! 真っ赤になって、アミアミ可愛い~! さっきまで恥ずかしいくらいいちゃいちゃしてた人とは思えない~!」
「だ、だから! いちゃいちゃなんてしてない!」
シアが面白がってアミエイラをからかう。俺は、シアがアミエイラに夢中なうちに、こちらに飛び火しないように少しだけ距離を取る。
「相変わらず、仲が良いなお前たちは」
「……いちゃいちゃはしてないからな?」
少しだけ距離を置いた俺に、一緒に距離を置いたレイがそう言ってくる。
「ははっ。分かってるよ。ま、こちらが赤面してしまいそうなセリフを言っていたことは確かだがな?」
「ぐっ……! ……忘れてくれ、頼むから……」
「それは無理だな」
「即答かよ」
「ああ。なかなかにかっこよかったからな」
「それが恥ずかしいから忘れて欲しいんだけど……?」
自分でもちょっとクサいこと言ったとは思っている。もっと他にも言いようがあっただろうに……いや、どう言っても結局同じか。
「そう恥ずかしがることじゃないさ」
「さっき赤面するほどって言ってなかったか?」
「それはそれ、これはこれだ。オレたちは恥ずかしがるが、お前は恥ずかしがるなってことだ」
「いや、それ無理なんだが……」
実際まだ顔の赤みが取れてない気がするし。てか、まだ顔絶対赤いし。
「て言うか、からかってきたのはそっちだろ」
「ははっ。まあ、そうだな」
俺がジト目を向けて言えば、レイは悪びれた様子もなく肯定する。
「でも、お前が本気なのは見てて分かったよ」
レイは、真剣な顔つきになるでも、茶化すような顔つきになるでもなく、いつものようにその顔に微笑を湛えながら言う。
だからこそ、俺は茶化すでもなく、誤魔化すでもなく、いつも通りに聞くことにした。
「なにか色々考えてるみたいだけどさ、お前がアミエイラの隣にいようと頑張ってるのはオレたちも見てて分かってる。だから、別にやつの言い分なんて素直に聞いて考える必要ないんじゃないのか? あれこそほら、余計なお世話ってやつだろ?」
「……でも、言ってることは合ってる」
そう、あいつの言ってることは合ってるのだ。だからこそ、俺は誤魔化すことしかできなかった。うまく言い訳をして、躱すことしかできなかった。
「だったら、お前がこれからお前の思う正解に合わせていけばいいだろ?」
なんてことないように言われたその一言に、俺は言葉が出なかった。
「いつもの通りじゃないか。戦いと同じだよ。あの手この手で正解を導き出す。お前がいつもやってることだろ?」
言われ、確かにとも思う。
確かに、俺は戦闘が得意ではない。二年前なんてずぶの素人だ。アミエイラに見てもらいながらなんとか戦えるようにしたのだ。そこから試行錯誤を繰り返し、今の戦闘スタイルに落ち着いたのだ。
「お前は、お前の正解を導き出せばいい。誰かの正解にお前が振り回される必要は無いさ」
なんでもないことのように言うレイ。
その言葉は、存外俺の胸に突き刺さり、俺の劣等感も弱気もまとめて崩していった。
俺は思わず少しだけ堅かった形相を崩す。
「ありがとな、レイ。ちょっとすっきりしたわ」
「なに、年上のちょっとしたお節介だよ。礼を言われることじゃない」
「いや、言わせてくれよ。慣れないことしてくれてありがとな。耳、真っ赤だぞ?」
俺がそう言うと、レイは槍の刀身を鏡の代わりにして自身の耳を確認する。歪みや傷一つない刀身には、しっかりと赤くなったレイの耳が写し出されていた。
レイは、気恥ずかしくなったのか無言で槍を戻すと視線を少しだけ逸らす。
数秒、二人の間に沈黙が流れる。
そして、どちらからともなく噴き出すと、同時に笑い声を上げる。
なかなかどうして、やはり友人と言うのは心地良い。見られていないようで、よく見ていてくれているのだから。
レイの気安さに救われたし、シアの陽気さにも救われた。
彼の言ってくれたことは俺の心を軽くしてくれたし、彼の言っていることもすんなりと納得できたし、俺の心にすんなりと入ってきた。
だけれど、それで全部解決とはいかない。
確かに、イルミナスの言っていたことも事実なのだから。
アミエイラのあれ、どうにかしないとな。
アミエイラの例の毒舌を何とかすれば、彼女はそれだけで周りに溶け込める。だから、あれさえどうにかすれば、俺の懸念していることも解決できる。
そのためには、なにがあったのか、ちゃんと聞かないとな……。
あの毒舌は彼女の意思に関係なく発動する。とあれば、彼女の身に何かがあったのは明白なのだ。それを訊きださなくては、解決したくても出来ない。
早速、道中にでも訊いてみるか。思い立ったが吉日だとも言うしな。
俺は、道中、どのタイミングで訊くかを考えながら、シアにからかわれて少しだけ涙目になっているアミエイラを助けようと、二人の元に向かった。
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