「4」

「センパイ、今本土の検死官から被害者ガイシャの死因は試飲した栄養ドリンクに含まれていた高濃度のカフェインによる中毒死と思われると報告がありました」


「は?今なんて言った?」


 私は小声で耳打ちされた部下の言葉に思わず聞き返していた。


「ですからカフェインによる中毒死っス」


「いや、そのちょっと前」


「栄養ドリンク?」


「もう少し前」


被害者ガイシャの死因?」


「半分はあってる」


「死因?」


「もう一声」


「試飲?」


「そっち飛んじゃったかー、ってもうまどろっこしいわね!死因は試飲した栄養ドリンクとか、アンタそれなめてんの!?遺族にそんなこと言ったら今度はアンタが今回の被害者みたく死体になるわよ?」


 私は小声で部下を怒鳴り付けた。

 パワハラ?

 そんなことは知らない。部下の失態は上司の失態、即ち私の失態になる。

 そして、部下を教育するためにも叱責するべきは叱責する。

 それが私のやり方だ。


「えっ!?………あー、なるほど!そう言うことっスか!死因は試飲という言い回しは不適切ってことっスね!?流石はセンパイ、勉強になるっス!」


 どうやら、この子は私に指摘されるまで気が付かなかった様だ。一瞬驚いて怪訝そうな顔をした。しかし、すぐに私の言いたいことを理解した。

 全く、理解の悪い部下を持つと苦労する。


「死因は試供品の栄養ドリンクを飲んだことによる中毒死です。栄養ドリンクには高濃度のカフェインが含まれていたため、中毒になったと思われます。…センパイ、これでどっスか?」


「ま、そんなとこね。被害者の遺族…いえ、遺族だけじゃない。殺人事件の関係者は過敏なくらいに神経をすり減らしているわ。小さなことにも気をつけなさい」


「ラジャーっス!でもセンパイ、アタシもこの被害者も身元がハッキリしているんで死体ではなく、遺体っス!」


「そういうところを気をつけなさいっての!死体でも遺体でも良いから、そう言うデリカシーに欠ける発言は止めなさい!死体とか遺体とか私達だけで話している時にはそういう細かいことは気にしないの!」


 私は再び小声で部下を怒鳴り付けた。

 全く、この子は配属されてから半年以上経つのに言葉遣いや気遣いが足りな過ぎる。


「ラジャーっス!…でもセンパイ?小さなこと気をつけないといけないのに、細かいことは気にしないんスか?」


「本当にそういうとこよ!……あー、もういいわ。じゃ、アンタの意見を聞かせなさい」


 正直、この子と話していると頭が痛くなる。

 悪い子ではない。むしろ礼儀正しくて低姿勢で理想的な後輩だ。

 しかし、理想的な後輩が理想的な部下とは限らない。部下にするならもう少し普通の子で良い。この子は個性が強過ぎる。

 それは、この子の格好ナリを見てもわかる。

 この子は毎日まいにち々々まいにち、コスプレをしているみたいなの付いた服を着てくる。それも一日として同じ服だったことはない。

 本人曰く、制服として機能しているし、許可は取っているから全く問題ないとのこと。どう見ても殺人事件に関わる人間のする格好ではないが、この子のコスプレ行為はどういうわけか警察庁長官から直々に許可されているらしく、私の一存ではそれを止めさせることも出来ない。


「そっスねー、ズバリ!犯人はこの部屋の中にいるっス!」


 私の部下は突然大声を出した。

 その瞬間、辺りを包む空気が変わった。

 私達は会議室にいるのではない。そう、私達は現場にいるのだ。

 現場、つまり周囲には被疑者となる可能性を秘めた関係者達がいる。

 それ故に私達はずっと小声で話していた。叱責する時ですら周囲には聞き取れない様に声量に気をつけていたのに、この子はあっさりとそれを破って周囲にいた全ての人間に聞き取れる声量で言った。

 ここはとある島に建っている館の一室だ。

 島にはこの館以外の建物はなく、島の周囲は断崖絶壁に囲まれているので島の出入りはヘリでしか行えない。通報を受けてヘリで現場に駆けつけた私達を含めて島から勝手に出ることは叶わない。

 要するにこの子の言った言葉は真実なのである。

 ヘリでしか行えない出入りは全て管理されていて、この島には現在この部屋に居る人間以外は誰もいない。

 海から来て海から逃げた可能性?

 それはない。

 島から出るのは崖から決死のダイブをキメれば何とかなるかも知れないが、島に入るには数キロ離れた最寄の海岸から島を訪れ、切り立った崖を十メートル以上且つオーバーハングを越えなくてはならない。

 しかし、島の周囲を調査した結果、船の様なものがあった形跡は一切ない。

 これはつまり、もし犯人が海から来た場合は数キロの遠泳をした後に崖を登った事になる。そんなことは普通の人間には不可能だ。

 以上のことから、犯人はこの部屋に居る誰かなのは間違いない。

 しかし、それを言うのは創作作品フィクションでのみ許されることだ。

 殺人事件という非現実とも思える超現実的な事が起きた時、例えそこに確実に犯人がいるであろうとわかっていても大っぴらにそれを宣言するべきではない。

 それをこの子は大声で言ってしまった。

 私は本格的に頭が痛くなってきた。


「はぁー………ちょっと耳かして」


「はい?なんスか?あ、もしかして愛の告白っスか?ダメっスよ!アタシはそっちの趣味はないっス!あ、でももしセンパイが性転換してチンコ用意するなら考えてあげてもいいっスよ?もしセンパイが男なら放っておかないっス!よっ!男前!…ぐふっ!?」


「いい加減にしないと指の爪を全部剥ぐわよ?…デリカシーのない発言は止めなさいって言ったわよね?聞いてなかったの?それとも聞く気がなかったの?つか大声でチンコとか言うの止めなさい。女の子でしょ?」


 私は部下にボディブローをキメて耳打ちをしながら話した。

 まさかなんの脈絡もなく愛の告白とか性転換とかチンコとか言うとは思わなかった。

 私はさらに頭が痛くなってきた。


「はあんっ!…ちょ、ちょっとセンパイ…息かかってるっス…アタシ、耳弱いんで止めてほしいっス…はふぅ…はぁ、はぁ…」


「ちょっ!?変な声出すの止めなさい!つかなに興奮してんのよ!アンタマジで爪剥ぐわよ!」


 私は息がかからないように小声で怒鳴った。

 頭が痛くて目眩がしてきた。


「はぁあーん!?…そのドS発言ゾクゾクするっス…も、もうダメっス…くっ…!!」


「ちょっと!なに倒れてんのよ!?倒れたいのはこっちだっつの!」


 私は思わず大声になっていた。

 頭の痛さが頂点ピークに達した。

 しかし、次の瞬間私の頭の痛みはさらに高い水準まで達することになった。どうやら頂点は頂点ではなかったらしい。


「はあぁん…センパイに堕とされるぅ…新たな扉に目覚めてしまうっスぅ…あっ!閃いたっス!犯人はアナタっスね!」


 部下は突然起き上がり大声でそう言った。

 頭が割れそうに痛い。

 もう仕事とか関係なくこの部屋から飛び出して崖から身投げしてしまいたい。


「アンタなに言ってんの!それは被害者のペットの猫でしょうが!猫に人殺しが出来ると思ってんの!?いえ、殺すことは可能だとしても今回はカフェインによる中毒死よ!それもこの島で行われていた治験に関わる栄養ドリンクの試飲が死因なのよ!」


 試飲が死因、思わず言っていた。

 言葉遣いや気遣いなど、そんな些末なことを気にしていられないほど荒唐無稽な部下の発言に私は冷静さを失っていた。

 この子は頭おかしいのではないか?

 私はそう思った。

 しかし、私の思ったそれは間違いだった。

 次の瞬間、想像を絶する事が起きた。


「ニャフフフフフ、よく気がついたニャ。如何にも猫の吾輩が犯人である」


 その猫はそう言いながらその場に立ち上がった。正確には四足歩行から二足歩行の状態になった。

 この事件、犯人はペットの猫だった。

 猫の種類はメインクーン、およそ猫と思えないほどの大きな猫。


「やはりそっスか。動機はやはり朝晩の餌を二回分にされたことっスか?」


「如何にもそうニャ。あさあさあさひるひるひるばんばんばんとおやつ四回…その内の朝昼晩の各一回ずつ、計三回がカリカリだったのが、計五回にされたのが我慢ならなかったニャ……」


 猫はあっさり自供し、部下に抱っこされて連行された。


「ふざけんなっ!!!……えっ???」


 私は自分の声で目が覚めた。

 慌てて辺りを見渡したが、そこはいつも見慣れているの執務室のデスクだった。

 どうやら私は居眠りをしていた様だ。

 第四特区ヨントクは警察庁にある管轄を持たない特殊な部署であり、今のところ所属は私一人だ。

 ちなみに第一特区から第三特区は存在していない。なぜなら第四特区ヨントクは通称であり、第四特区ヨントクの四は、四の音読みの「シ」の同音異義語である「死」に由来している。

 第四特区ヨントクの本来の部署名は警察庁特殊担当特別室だ。

 特殊死とは、読んで字の如く特殊な死に方、つまり異常死を指している。それもではない。

 警察組織では、病院ではなく自宅で死ねば通常の死ではなく異常死扱いすることになっている。しかし、第四特区ヨントクの担当する事例はそんな甘い死に方ではない。

 例えば、紙ヤスリを使って生きた人間を死ぬまで削った殺人事件。全身に無数のマチ針を刺して殺した無限殺人事件などがある。そう、第四特区ヨントクの担当する事件は主に狂気に満ちた犯罪が多い。

 しかし、中には狂気ではなく謎に満ちたものがある。

 例えば、道路を歩いていて溺死した事例や水の中で焼死した事例などがある。

 この様に、第四特区ヨントクは事故事件問わず異常な死に方をした事例を捜査する部署だ。

 なお、第四特区ヨントクは一応警察庁所属となっているが、超法規的機関であり、あらゆる権力に属さない機関だ。

 余談だが、私がこの第四特区ヨントクに配属される前までに前任者は累計で四人いたが、皆が殉職している。


「んーーーー……はぁーーー……」


 私は立ち上がりながら大きく深呼吸をした。

 何かおかしな夢を見ていた気がするが、どうしても思い出せなかった。

 第四特区ヨントクに属してから異常死に関わり過ぎたのか、私は常に寝不足気味だった。


 コンコンコンコン…


 部屋をノックする音が聴こえた。

 そのノックの音に私は何故か嫌な予感がした。


「室長、開けてもよろしいっスか?」


 快活な女性の声が聴こえた。

 私はその声で思い出した。

 今日は第四特区ヨントク初の「二人目」が配属される日だった。

 過去、第四特区ヨントクで同時に二人以上が属したことはない。

 超法規的機関であるが故に適任者が少ないこと、権力に属さないために他の部署よりも高い死の危険が付き纏うことなどが理由に上げられる。


「ええ、入りなさい」


 ガチャ…


「失礼しますっス!アタシは今日からシトク…いえ、ヨントクに配属されたっス!よろしくお願いしますっス!」


「はぁー…アンタねえ、その言葉遣いは何とかならないの?それに新しく配属されたのなら部屋に入ったら先ず名ま…え…あっ!?」


 ドアを開けて入ってきた新人の姿を見た私は途端に頭が痛くなってきた。

 コスプレをしている様な格好なりをしている新人に私は見覚えがあった。

 そう、この子は………

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