まっさらな私
黒鉦サクヤ
伸びる髪
私は毎朝髪を切る。
前髪を揃えたりするのではなく、毎朝切らなければならない。邪魔で仕方がないからだ。
私の赤毛は朝に肩の位置で切り揃えても、翌朝になると床についただけでは足りず、そこからさらに数メートルの長さになっているのだ。
この現象は私が三歳の頃から始まり、原因は十五歳になった今も分からないままだ。
髪が一晩で伸びるのを気味悪がった両親は、私を研究機関に売り飛ばした。そこで徹底的に人体実験も含めた研究をされ、非人道的な扱いを受け続けた私は、物言わぬただのモルモットになった。
そんなある日。閉じ込められた部屋の中から青い空を見ていたらすべてが馬鹿らしくなって、研究所を破壊しようと思い立った。ここにいる理由は、両親に売り飛ばされたから。勝手な理由でここに縛られているなんて馬鹿らしい。
ここ以外を知らない私は無知で、外の世界のことを何も知らない。外に出たからといって、生きていくために必要な知識も与えられず世間知らずな私が順応できるかなんて分からない。すぐにのたれ死ぬかもしれない。
それでも、ずっとここにいるよりはマシだと思った。いつも見ていた空を、ガラス越しではなく見てみたい。そう思った。
ここには私以外にも囚われている人たちがいて、たまに移動中にすれ違うけど会話をしたことはない。顔色が悪かったり怪我をしていたりしていて、皆普通の状態じゃなかった。きっと私みたいに普通とは違う人たちなんだろうけど、こんな扱いを受けるのは違う気がする。助けてあげるなんて傲慢なことは思わないけど、私がここを破壊したあとは逃げるのも死ぬのも好きにしたらいいと思う。
ここを破壊するのなんて簡単。
寝ている間に髪が伸びるのはいつものことだったけれど、私は感情一つで髪を好きな長さに伸ばせることに気が付いた。それを研究所の人たちは知らない。私をモルモット扱いする嫌な人たちに会うときには、なにをされても必死に感情を殺し続けていたから。
私は研究所を破壊し逃げ出すのに、自分の髪を使った。
ただ睡眠中に髪を伸ばすことしかできないと思われていたから、部屋に監禁されている間は放置されていた。監視もいらないと早々にカメラも撤去され、私の部屋の周りには誰もいなかったから簡単だった。
高く澄んだ空を眺めながら、私は勢い良く髪を伸ばし続けた。
部屋の扉を破壊した髪は廊下へと伸びていき、他の部屋へと入り込む。伸びる髪の勢いは止まらず、監禁部屋以外のすべてを埋め尽くし貫いた。
寝ていて伸びる分には髪に異変はないが、自分の意志で髪を伸ばすときは勢いもあるからか、人間くらい柔らかければ簡単に貫けた。自分の手でこっそり試してみたから知っている。
通常は髪に触感はないが、伸びる瞬間には神経があるのか人を貫く衝撃があった。
どこまでも伸びて、邪魔な人間を排除して。
音もなく隙間から侵入した髪は、次々に研究員を襲った。もとから赤い髪は、他人の血を浴び更に赤く染まる。
柔い肉を数百もの髪が一気に貫いた。声もなく研究員は生を手放し、ただの躯と化す。あまりにも呆気ない最後。あんなに私をいたぶった研究員を、こんな簡単に殺してしまうなんて優しすぎるかしら。
でも、肉を貫いて切り裂いたところで楽しくはないし、内蔵を撒き散らし血を流す姿にも興味はない。私はただ外に出たいだけだから。
体を貫き命を奪ったあとも髪は容赦なく部屋を埋め尽くし、真っ赤な部屋へと変えていく。ただの肉塊と化したそれを圧迫して潰していく醜い音が、廊下を歩く私の耳に入ってきたけれど、私は歩みを止めなかった。
やがて監禁部屋と一つの部屋を残し、すべての研究員と部屋を赤く染めた髪は動きを止める。私が外へと続く扉へたどり着いたからだ。
私は残していた部屋に入るとハサミを手にする。中に人はいない。壁にかかる鏡の前に立つと、私は伸びすぎた髪を肩口で切り揃えた。
毎朝、鏡の中で見る光景だ。
これからどうするかなんて分からない。
それでも私は、毎朝これまでと同じように髪を切るだろう。
長く伸びた髪の毛を切り、要らないものをリセットする。
きっと寝る間に伸びるこれは、私の中の要らないものなのだ。要らないものをリセットして、まっさらになった私は身軽になってその日を生きる。
今日、この研究所を埋め尽くしたのは、今まで溜め込んだ私の要らない感情だった。それが激流となって、私を散々いびり倒した人々を貫き潰しただけなのだ。
私はスッキリとした気持ちで、扉に手をかける。
扉を開けた瞬間、私の目に飛び込んできたのは空の青さだった。
まっさらな私 黒鉦サクヤ @neko39
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