第31話 懐かしい日々と時間

(起きろ、起きろ、寝坊助……大きくなっても変わらないな)


 誰かの声が聞こえたと思った。ピ、ピ、ピピ……鳥の声が聞こえる。


「もう朝になったのか?」

 ……ボン、ボン、ボン……鐘を打つ音がする。柱に掛かった大きな時計が刻む時の声も。

「昨日は同窓会で飲み過ぎたなぁ。誰がホテルまで連れて来てくれたんだ? 次の同窓会の話題になりそうな失態だな」


 遠くから同窓会へ参加した者は、町に一件あるホテルに泊っていた。僕もそうだった。

「ふぅ~今何時かな? 随分と静かだけど……あれ、なんでこんなに布団が重いんだ?」


 天井に目をやると緑色の網が四方に吊られ、テントのように寝ている僕を囲っている。

「これは……蚊帳だよな……細かな網で蚊を防ぐ道具……まてよ、まさか……爺ちゃんの家!?」


 慌てて重い布団を剥がして飛び起きた。開け放たれた窓から、気持ちの良い空気が入ってくる。そこは、やはり僕があの夏休みを過ごした爺ちゃんの家だった。急いで部屋を出て囲炉裏のある部屋に行くが誰もいない。


「どうしたんだろう。誰もいない……あっこの時間は」


 柱に掛かった大きな時計が三時を指していた。この時間は二人が待っているはず。僕は玄関から走り出した。


「そうだ、三時はお茶の時間。二人は家にはいない。いるのはあの場所だ」


 家を出て懸命に走ると田畑と遠くには山が見えてきた。この町が盆地である証。たどり着いた爺ちゃんの畑は少し傾斜して山へと続いている。東京で普段聞いているような音は何もない。聞こえるのは蝉の声とカサカサと擦れ合う木々の音、時折の強い風が緑色の田んぼを走り、まだ実る前の黄緑の稲穂を揺らす音。


 傾斜した畑の先の涼しい木陰で、草の上に座った爺ちゃんと婆ちゃんが僕を待っていた。

「爺ちゃん、婆ちゃん……」


 それ以上言葉が続かない僕。二人は変わらない姿のままで嬉しそうに僕を見ている。

「タカ、また遊びに来たか」

 爺ちゃん声が聞こえた。僕も二人に近づきながら声をかける。

「爺ちゃん、久しぶり。婆ちゃん、ごめんな……でもこれはどういうこと? 二人はずっと前に……」


 爺ちゃんは僕が大学一年の時に亡くなり、婆ちゃんも追うように半年後に亡くなった。僕が熱射病で倒れて入院した時に、土地神様の不思議な経験のことを両親に話してしまった。


 両親はイカレタ話しを懸命にする僕を見て心配になり、それから爺ちゃんの家に行くことは無くなった。


 高校に入り爺ちゃんの家に行くチャンスはあったはずだが、テスト、部活、受験と忙しくなり、仲間との楽しい時間も出来た僕は、幼い時の不思議な記憶も、二人から受けた愛情も忘れていた。


「タカの好きなものを作ったから食べろ」

 婆ちゃんが僕に勧めてくれたのは、お盆に置かれた塩と味噌のおにぎりだった。

「ありがとう婆ちゃん。二人にまた逢えるとは思っていなかった。たぶんこれは夢なんだろうね。でもとっても嬉しいよ……ずっと後悔していた。二人が亡くなった時に来れなくて、ごめんな」


 婆ちゃんは首を振りながら笑顔を返してくれた。

「そんなことよりタカ、お腹が空いているだろ? サイダーもあるからな」

「うん」

 僕が皿に手を延ばすと、横から別の手が伸びておにぎりを掴んだ。

「誰だ!?」

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