第30話 昔話には花が咲く

 久しぶりの高校の同窓会で「少し老けた」クラスのみんなの顔を見ることが出来て、これはこれで楽しいものだった。同窓会は町の格式のある料亭で行われた。


 武士の時代から存在するこの店は、昔は僕たちのような若造風情が飲み食い出来る場所ではなかったが、同窓会の幹事がこの町生まれだと言うことと、旦那衆だけを相手に商売をしていられなくなった時代の流れのおかげで、大座敷にあぐらをかいて旨い地酒を飲んでいられる。


 最初はみんな少しぎこちなく口数も少なかったが、土地の旨い酒と懐かしい食べ物が乗ったお膳に箸を出すうちに徐々に饒舌になっていく。現在の自分の状況についてそれぞれが一通り話し終えると、自然と昔話に花が咲き始める。


「そういえば貴志、おまえ小学校の時に川に落ちたよな? たしかアヒルを盗もうとしてさ」


 いきなり隣の席の、前髪が心配なことになっている同級生が話し始めた。


「アヒルを盗む? 川に落ちた? 貴志って結構不良だったの子供の頃?」

 座敷には僕の幼い時の行動について、いくつもの疑問符が数人から放たれた。

「アヒルねぇ……なんとなく覚えているけど。川には落ちたのはどうかな?」

 子供の頃の話など誰もハッキリとは覚えてない。でもその方が話に尾ひれをつけて面白く出来る。


「ああ、落ちたぞ! それでおまえ気を失って救急車で病院に運ばれたんだ。大変だったんだぞ!」

「あのな、それが本当だとしてもなんでおまえが大変なんだよ?」

 僕が答えると、座敷に大きな笑い声が広がった。その中で僕はフッと思った。


(川に落ちたのはやっぱり本当のことだった?)


 隣の同級生はこの町の生まれだ。中学までここで過ごしている。土地の者である同級生が言った、僕がアヒルの番をしていたこと、そして何より、さっきまで僕が千鶴に話していた不思議な体験と一致する内容が気になった。


 気にはなりながらも、その後次々に明かされるみんなの思い出や失敗を聞きながら僕も笑った。取るに足りない子供の頃の話がこんなにも面白いとは、大人になるまで思わなかった。そして一人では頼りない記憶も、みんなの思い出を繋ぐと形がはっきりとしてきた。


 昔の失敗の話もネタ切れになったところで「正式な同窓会」は終り、そのまま本番の二次会へと向うことになる。


「さあ、さあ、この座敷は午前中までしか借りてないから次の会場へ急いでくれよ……場所は分かるよな? 知らない奴は俺について来てくれ」

「変わらないもんだなぁ」


 十年経っても「仕切る奴」は決まっていることに感心した。大座敷から古い木で出来た黒色の廊下を渡り、玄関へ出ると僕が子供の頃に記憶している姿のまま、頭を下げるこの店の女将さんがいた。


「タカちゃん、久しぶりだね。本当に大きくなって」


 女将さんの言葉に、三十歳近いおっさんになった僕は、照れて顔を赤らめお辞儀を返すしか出来なかった。年を経ても女将さんと幼い時の僕の関係は変わらない。子供に話す言葉使いとその笑顔は全てが昔と一緒だった。


 きっとこの町には特別な力があって、外へ出た僕だけが変わってしまった。そんなことを考える程に変わらないこの町の自然な風情だった。


 感傷に浸る間もなく二次会に参加したが、今日桜の土手で千鶴とデートしたことがクラスメートに知れ渡っており、僕と千鶴は一番多く酒を飲まされた。普段なら程よく飲んで楽しむ酒だが、色々と思い出した今日の僕は、興奮と懐かしさで疲れた心を癒すために、進んで酒を飲んで酔っ払っていた、千鶴の方はというと、やはり明らかに飲み過ぎのようだ。

 

 彼女にも蘇ったものがあったのかもしれない。


 その後も飲み続けた僕は、それからのことをまったく覚えていない。酒に飲まれて意識が無くなるなんて初めての経験だった。

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