第29話 千鶴との思い出話
秋の川の土手を腕を組んで歩く僕と千鶴。河原には小さな祠が見える。
「そんなことがあったんだ。なんで今まで教えてくれなかったの?」
僕の方を向いて尋ねる千鶴に、僕は首を振る。
「本当に今まで忘れていたんだ。熱のせいで見た夢だと大人達に言われてね……」
千鶴が呆れた顔をした。
「疑いもなく大人達の言葉を信じたわけね。そしてあなたは不可思議なことなどこの世にはないと、立派に言う大人になったわけか」
トゲのある言葉だった。
「そうだよ、あやかしなどいない。そう思った。いや思うようにした。そうでないと両親も心配したから」
なぜか強い口調になってしまった。図星なのだろう。僕自身は分かっていた。
「その立派な大人に後悔はないの? 結局、そのままだったんでしょう?」
「ああ、だから高校になっても、近くの高校に通うようになっても問題は解決しなかった。あの日のことには触れたくなかった。うちの両親もそれを望んでいた」
自分だけの問題ではないと力を込めて話す。でも本当は分かっている。だから千鶴の次の言葉は聞きたくなかった
「ご両親やあなたの思いじゃなく、それより大事なものがあるでしょ?」
「そんなの分かっている!」
千鶴が大きく首を振る。
「分かってないわ。あなたは本当は分かっていたのに自分を信じず、一番大切な人達を忘れた」
「そうだよ! 千鶴の言う通り……僕はあの日以来、爺ちゃんの家には行ってない!」
千鶴が悲しそうな目で僕を見た。
「分かっているなら……待っていたと思うよ、きっと二人とも。あのね、わたしもそういうのがあったもん。今でもそれが本当なのか分からない。なにかが邪魔をするの。思い出しちゃいけないって誰かに暗示をかけられたみたいに」
「暗示か。大人達は忘れて欲しかった。そして僕も忘れさせる側に、大人になったわけだ」
しばらく無言で土手を歩いた。桜の木が植えられた、長い土手の終わりが見えた。
「もう歩く所がなくなっちゃったね。タカの話、面白かったわ。ありがとう」
土手の終わりには大きな道路が横断している。渡るとすぐ、同窓会の会場だった。気が付けば僕のことを「タカ」と、子供の頃の呼び名で呼んでくれていた千鶴に感謝を述べる。
「いや、僕の事実かも分からない妄想話に付き合ってくれてありがとう」
「妄想? 前にも言ったけど、人は誰でも子供の頃にあなたにあったような不思議なことを経験するの。そのことはとても大切なことなのにみんな忘れてしまう。わたしもそうだったと思う……だから」
僕は子供の頃に、不思議な男の子と神社の社の大きな木の上から見た、この町の空を見上げる。
「子供の頃は空も飛べたし妖精とも逢えたんだ。そして僕らは深い森へと迷い込む……そうだったんだよね?」
「ええ、そうね。誰でも子供の頃に出会う不思議な出来事。ただし、あなたは不思議な森と妖精じゃなくて、田んぼとアヒル……そして土地神様だったけどね」
大きな道を渡る直前に長内千鶴は優しい笑顔を僕にくれた。
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