第28話 待っていたお母さん

「日を浴びた草木のひだまりの匂い……風が運んでくるんだ。思い出したよ……ありがとう土地神様……あれ?」


 目を開けた僕を覗き込んでいる人がいる。お母さんだ。


「良かった、目が覚めたみたい。お父さん、タカが起きたわ」

 僕の目に映ったもの。それは昨日まで見ていた緑色の蚊帳ではなく真っ白な天井だった。


「タカ大丈夫か?」

 今度はお父さんが僕の顔を覗き込む。

「ここはどこ? 僕は川で溺れて……」

 何故か記憶がハッキリしない。


「ここは病院よ。あなたはお爺ちゃんの家で倒れて……お医者さんは熱射病だって。丸一日意識が戻らなかったから、すごく心配したわ」

 お母さんの言葉に僕は小さく首を振った。

「違うよ、僕は川で溺れて助けられたんだ。泡が一杯湧き出てきて、金色の光が一面に降り注いで……」


 お父さんとお母さんは顔を見合わせて心配そうにしている。僕は興奮気味に話を続けた。


「上代の神社には天狗じゃなくて龍がいたんだ! もの凄く大きくて体の一部しか見えないくらいで! この町を守っている土地神様なんだ。大きな川にも祭られているよね!」


 興奮で赤くなった僕の頬にさわりながら、お母さんが首を振る。

「龍なんかいないわ……もう少し眠った方がいいね。まだ後遺症が残っているみたい」


「違う! 龍はいたんだ、僕を助けてくれた……婆ちゃんのおにぎりを一緒に食べたんだ。土地神様は、普段は僕と同じくらい男の子なのに、龍になると山も越すくらい大きくなって……あれ、どうしたんだ? さっき起ったことなのに、随分前のことみたいに感じられてきた……これはどういうことなんだろう。爺ちゃん、ねぇ、なんかおかしいよ」


 僕が話せば話すほど、お母さんの顔色が曇った。


「爺ちゃん達は、ずっとあなたについていたわ……今は待合室で休んでいる。タカに申し訳ないって謝っていたわよ。タカに仕事をさせたのは間違いだったと」

「違う! 二人は悪くない。僕が自分の意思でやったことなんだ! それに本当に龍が……」

「本当は? 何があったのタカ?」


 僕の戯言ではない真実の言葉を、両親は期待していた。


「本当は……とっても大きな者に……あれ、どうしたんだろ? 思い出せない。さっきまで覚えていたのにどんどん消えていく」

 お母さんが落胆しているのが分かった。

「タカ……落ち着いて。少し休みなさい。後で爺ちゃん達を呼んでくるから」


 その日は病院に泊った。次の日には退院した僕は、お父さんの車で僕が生まれた街に帰った。入院して錯乱状態の僕を見て、気まずくなってしまった僕の家と爺ちゃんの家。お父さんは二度と不思議な町へ行くことを許してくれなかった。


 僕が再び町を訪れるのは高校生になってから。自分に何が起きたのか分からないまま、殆ど全てを忘れるほどに時間が経った後だった。

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