第27話 金色の目
(やっぱりあったんだ……ずっとこれ……僕が持っていた)
翼を手にして呟いた後、僕は力と意思を失った。体はほどけ黒い翼は水の底に落ちた。全ての感覚を失った僕はもう動かない。何も考えない。黒い翼と同じようにただの物体として沈んでいく……。
カツン。黒い翼が爺ちゃんの家の二階で聞いた音を立てた。グラグラと体を揺さぶる大きな流れが生まれて小川の中の景色が一変した。
水草や泥は消え去り、どこまでも透明に澄みきった四方は岸も川底も無いみたいだ。無限の青い空間になった。そして聞こえていた全ての音が止んだ。さっきまでの冷たく暗い川底は、まるで南国の海底のように広く深く明るくなった。
上から差し込む暖かい光が波紋を描きながら僕を照らす。恐怖、痛み、寒さ、僕の死。その全てが体と心から消えていく。どこかから聞こえてくる微かな音。
コボ。
静寂の中で微かな音が聞こえた。深い川底から小さな気泡が一粒湧き上がると僕の背中に当たった。
コボ、コボ。
続けて小さな気泡が湧き上がってくる音が聞こえた。湧き上がると泡は今度は僕に存在を知らせるかのように、どんどん数を増して大きくなってきた。
ゴボゴボゴボ。水族館の水槽の酸素のような沢山の泡。小さな泡はまとまって一つの大きな気泡になり僕の体を包み込む。
「は、はぁあああ~~~」
気泡の中で空気を胸一杯に吸い込むと、大きな泡は消えた。でも川底からは次々と気泡が湧き上がり、気泡が僕に空気を与えくれた。
「ふぅ、ふぅ、ふーー」
呼吸を重ねる度、だんだんと感覚が戻ってくる。ゴボンと一段と大きな気泡が湧いてくると、また僕の体全体を包み込み、僕が川底へ沈むのを止めてくれた。
「よかった……助かった」
破けない大きな気泡に包まれて僕は十分に息が出来た。僕の安心した声に答えるように、ズ、ズ、ズーン、気泡の発する音とはまったく違う、水中を揺らすくらいの大きな音が聞こえた。
「何かが近づいてくる? それもかなり大きいものみたい」
何かが動く度に気泡の中の僕の体が大きく揺れる。水底から一気に近づいてきたもの、それは僕の想像を遙かに越えて大きなものだった。あまりに大き過ぎて全体を見ることが出来ないくらいに。
「こんな巨大なのはクジラか恐竜? でもここは小さな小川だよね?」
水中を泳ぎ過ぎていく巨大なものは黒に近い深い緑色の体の持ち主だった。僕にハッキリと見えたのは体の一部だけ。見覚えのある金色の大きな目玉。目玉はギョロリと動いて、まるで僕に向かって笑ったように見えた。
「僕を見て笑った!?」
突如水底から一度にたくさんの気泡が湧き上がってきた。僕の体を何重にも包み、さらに巨大になった気泡は光が揺れる青い空、水面へと向かって浮かんでいく。
光が射す水面へと勢いよく駆け上り、気泡は水面を突き破ると空気に触れた部分だけが消えた。僕は外の空気をたっぷりと吸い込む。水面に残った気泡が船のように僕の体を支えてくれて、僕は川の流れに乗った。
「外に出たんだ。良かったぁ~」
僕のずっと上には日が落ちた暗い空があった。でも地上は真夏の昼間のように明るい。日が落ちた田畑と川が金色の光に包まれていた。光は僕の乗る気泡の船を中心にまあるく広がっていた。僕も両手を広げると、僕の体も黄金に輝いた。そして懐かしい風が吹いて来る。
僕がもっと小さかった頃、田植えが始まると幼い僕は大きな麻で編んだカゴに入れられた。カゴの縁につかまりながら、僕は田植えの風景を見ていた。僕が寂しくなると婆ちゃんが僕を抱っこして童謡を歌ってくれる。婆ちゃんの歌を聴きながら、大きなカゴの中でお日様を浴びる。少し暑いくらいの春の日差しの中、風が田んぼを走り、植えたばかりの稲の葉が揺れて緑色の風になる。
見えないはずの景色を見ている僕に、風がひだまりの匂いを運んで来てくれた。
「あの時と同じ風……同じ匂いがする」
静かに下流へと流れていく気泡の船。懐かしいひだまりの光と風を感じた僕は、懐かしい匂いに安心して瞳を閉じた。
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