第23話 神社で会った童

 山を登り両手を膝をに置き、ハァハァと呼吸を乱していた僕に聞こえた声。


「こんな所に童子(わらし)がいる。珍しいな。何しに来たんだ?」

「え?」


 僕が顔を上げると、赤い鳥居の真下、目の前に男の子が立っていた。背丈は僕と同じくらい。学年も同じかなと思ったけど、男の子の容姿はどこか違っていた。着ている服は上がTシャツで下が半ズボン。足にはサンダルで外見は僕とそう違わない。違うのは髪と瞳だった。薄い紫色が入った髪の毛は空気に透けて風に流れ、瞳は不思議な深い蒼色だった。


 全力疾走の後で力が抜けていたのと、不思議な男の子の登場で、僕が言葉を失っていると男の子が先に話を始めた。


「そうか。背中の背負い袋にはお守りが入っている」


 言葉だけ聞くとまるで大人のようだけど、声の感じはやっぱり学年も僕と同じかなと思う声だ。


「おまえ見ない顔。どこの童子だ?」

 僕は男の子の質問に答えた。

「普段は両親と街で暮しているんだ。今は夏休みで爺ちゃんの家に泊っている」

 夕日のせいか、時折、金色にも見える男の子の瞳。


「そうか。おまえは中代の爺の童子。孫がいるって爺言っていた」

「爺ちゃんを知っているの?」

「ああ。いつも旨い物をくれるからな。婆もよく知っている」


 爺ちゃんと婆ちゃんを知っている、その言葉で一気に安心した。この町は全員が知り合いで親戚のように付き合う。爺ちゃんの知り合いなら問題はなさそうだ。

 僕はここに来た理由を男の子に話し始める。少し変わっているけど天狗ではなそうだし……怖さも感じない。


「爺ちゃんの家の二階で黒い翼の置物を見つけたんだけど、それはこの神社のお守りだったかもしれないんだ。それを無くしちゃって……」

 僕を見る男の子の瞳は動かない。最初からまったく表情を変えない男の子。僕は思いきって聞いてみる。

「ここは、あやかしが出るって教わったんだけど……さっき僕の後ろに誰かがいたんだ」


「あやかし? それは知らないな。町の噂を聞き興味本位か。そんな噂でここまで来た。ご苦労なことだ」

 僕と同じくらい、小学校二、三年生の筈の男の子は大人のような話し方をする。

「おまえ。名前は?」


 男の子の不思議なイントネーションはまるで異国から来た人の話し方みたい。


「貴志だよ。みんなはタカと呼ぶけど。君の名前は?」

「俺の名前か。覚えてないな。おまえの好きな名で呼べばいい」

「ええ? 自分の名前を忘れたって? あれ、どこに行くの?」

「今が一番綺麗な時間。タカ、おまえも一緒に来い」

「綺麗な時間だって?」


「おまえが持っている物。綺麗な場所で食べるといい」


 今走って降りてきた道を二人で再び登り始める。頂上に着くとそこには見上げるような古い大きな木があった。

「さっきは、怖々だったから気が付かなかった……この木は大っきいなぁ」

 僕の頭の上を空に届きそうなくらいまでガッシリと生えている立派なご神木には縄が巻かれていた。


「いくぞ」

 丈夫そうな枝を選んで掴んだ男の子は木を登り始める。スルスルと中腹の一段と大きい枝まで登ってから僕を見た。鮮やかな木登りを見た僕はつい聞いてしまう。

「君が……もしかしたら天狗なの?」

「天狗? そう呼ぶのか。それも悪くない。タカ、早く登って来い。綺麗な時間が終わる」


 男の子は僕に「来い」と手振りする。一瞬ためらうけど、僕は右手を少し上の枝にかけ左手も少し離れた枝にかけて、木の幹に足を滑らさないように踏ん張って上へと登る。木登りは得意だけど、こんな大きな木に登ったことはない。


 高く登れば高くなるほど怖くなって、中腹の大きな枝にたどり着くまでに十分以上かかってしまった。


 男の子は僕が必死になって登っている姿をジッと見ていて、時々手をかける枝や力の入れ方をアドバイスしてくれた。男の子が腰掛けて待っている大きな枝に手をかけた時、小さな手が僕の手を掴み、引き上げてくれた。同じ年代の子供とは思えないくらい力強さだった。


「頑張ったな。良く登った。ここに座れ。時間はまだある」

「時間? あれ止まってる?」


 男の子の言葉に爺ちゃんに借りた銀色の腕時計を取り出したが、不思議な事に長針も短針も秒針さえも止まっている。


「なにしてる? 早く来い」


 男の子に呼ばれて進むと、枝はかなり大きくて二人が並んで座ってもビクともしないくらいに太く長かった。僕が言われるまま横に座ると、男の子は指を差した。僕は男の子の指差した方向に頭を向ける。


「うぁ、うぁあ~~……なんて風景なんだ……見たこともない」


 今の僕の目は猫の目みたいになっているんだろうなと思う。ビックリするくらいの景色が目の前に広がっていた。社の森の中で断トツに高いこの木から見える景色は、はるか遠くまで緑の田んぼがまっすぐに延びている。その間に点々と家が立ち、近くには必ず、家を守るみたいに木が立っている。暗くなり始めた町は家々の街灯にほのかな灯がついた。


 もっともっと遠くには町をぐるりと囲む山が見えて、この町が社会科の授業で教わった盆地、そのままの地形だということが分かった。山の頂に立つ神社の古い大きな木の上から見る景色はとても綺麗だった。


 しばらくその景色に見とれていた僕に男の子が催促をする。


「美味しそうな匂いだ……たまらん」

「あ、そうか。ちょっと待ってね」


 僕は背負っていたリュックを降ろした。フタを開け取り出した紙袋の中には婆ちゃんが作ってくれた笹の葉の包みが入っている。そっと紐を外して笹の葉を開くと、中には四つのおにぎりが入っていた。いつもと同じ味噌と塩をつけただけのものだ。


「具は入ってないおにぎりだけど、ちょうど二個ずつあるから食べる?」


 少し心配しながら男の子へおにぎりを差し出した。僕は婆ちゃんのおにぎりが大好きだけど、他の人にはどう見えるのだろう。海苔もついてないし具も入っていない。形もいびつな婆ちゃんのおにぎり。


 男の子は無言でむんずと掴んで食べ始めた。まず塩おにぎりを食べ終え、今度は味噌おにぎりをまたむんずと掴んで食べてしまう。あっという間に二つのおにぎりを食べ終えた男の子は、まだ食べている途中の僕に向って言った。


「旨い。おまえの婆のおにぎりは旨いな」


 婆ちゃんのおにぎりへの誉め言葉がとても嬉しかった、少し変わった男の子に好意を持った僕は、真っ赤に暮れていく空が暗くなるまで話をした。友達とは上手く話せないのに、不思議と男の子にはたくさんのことが話せた。


 男の子は時々頷いて意見を言ってくれるのだけれど、ぶっきらぼうな言葉で僕の知りたいことや不安なことにぴったりの話をしてくれる。面白くて僕は笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る