第22話 あやかしの視線
この家に来た時に持ってきたリュックを背負う。僕はゆっくりと、真夏の強い日差しを受けながら歩き始める。今日も快晴で日差しは強いけど、吹く風はこの町に来た時とはだいぶ違っている。
空に浮かぶ雲も違っていた。来た時には大きく広がっていた入道雲が小さくなり、代わりに鰯の群れのような雲が広がっている。風も乾いていて、暑さは確実に和らいでいる。みんな、秋が訪れようとしている気配だった。
おかげで思ったほど暑くて苦しいということはなかった。ただ道路が僕を困らせた。初めに歩いていたのは舗装された道路だったけれど、神社が近づくにつれて民家も少なくなり、雑草が道を覆うように生え、やがてデコボコの舗装されていない砂利道へと道路は変っていった。運動靴は履いてきたけど、小さい石を敷き詰めただけの簡単な道路なんか、歩いたことがなくって、その歩きにくさが普段より僕を疲れさせた。
「はぁあ~どうして舗装されていないの……信じられないよ」
普段は殆ど人の通らない道なのだろう。事実、一時間以上誰にも会っていないし車も通らない。砂利道の脇に生える雑草は、僕の背丈近くまで延びて僕に目隠しをする。道路の脇には田んぼがあるはずだけど、それさえ確認出来ない。
進むべき先にも、後ろを振り向いても、灰色の道が続いている。左右には建物も道路標識もない。だけど冒険ゲームを歩く冒険者の気分の僕は不思議と怖さは感じなかった。
「やっぱり、お守りが効いているのかなぁ?」
背中のリュックには白い風呂敷で包まれたお守りと、おにぎり四個、店で買ったおやつも入っている。水筒はリュックをいちいち降ろさないでも飲めるように、リュックの横に紐で結びつけてある。手を後ろに回して水筒を握り、グビリと一口飲んだ。
「ふぅ~水を飲むと少しだけど力が出るね」
力を振り絞り、懸命に先へ進む。山の裾野に近づいたせいか、遠くからは見えていた神社が見えなくなった。
「もう近くだと思うんだけど……水は大事にしないとね。神社でくめたらいいな」
それから一時間歩いて、一つ目の鳥居の前に立った。この神社は四百年前に建てられたと言われている古いものだけど、頂上にあるお社はそんな大きくない。それでも、一つ目の鳥居から始まるお社の森は深い木々に囲まれ昼間でも薄暗かった。一瞬入るのをためらったけど「ここまで来たんだ」と、一歩を踏み出す。
一つ目の赤い鳥居を潜ると、今までゆっくりだった歩みがどんどんと早足になった。やっぱり怖かった。石で出来た階段が見えてきて一気に登り切ると中腹に辿り着き二つ目の鳥居がある。その先を進めば山頂へ向う曲がった道が見える。頂上には神社のお社と大きなご神木が立っているはずだ。
「よし行こう!」
深呼吸をして本殿までの最後の登りを進み始める。山頂に立った時には夕日が山の間に落ち始め、僕を照らす光の色が金色に変わっていた。
「思ったより時間が掛かったみたい。もう四時半か……」
半ズボンのポケットから爺ちゃんに借りた銀色の腕時計を取り出し、時間を確認した僕は、日が陰り始めた神社のお社の方へと進む。
「ちゃんと挨拶しておいた方がいいよね」
ポケットから硬貨を取り出して賽銭箱へと投げ込み手を合わせた。灯りが全くない境内は、日が落ちて急速に暗くなり、金色の空は茜色に染まりだした。両腕を体に巻きつけるようにして僕は震え始めた。なぜか急に寒くなってきた。
「なにかが起こるかもしれない」
そんな雰囲気が高まり、僕の心を占めていく。
「天狗が出るの?……でもお守りもあるし」
サァアアアア、ササササ、風がいきなり吹き始めた。顔を撫でられたような、液体のようにねっとりした風が僕の周りを通り過ぎていく。そしてお社から何かの音が聞こえ始めた。ギ、ギギギ……何かが開く……。
もう僕は限界だった。ダッシュで走って頂上から下り中腹を曲がる。石段は二段飛ばしで駆け下りる。その間、後ろは絶対に振り向かない。
(何かが追ってきている)
そんな感覚が頭から離れない。背後からの視線を感じる僕は、第一の鳥居まで息が続く限り全力で駆けぬけて、やっと最初の赤い鳥居の前に戻って来た。
「ハァハァハァ、ハァ、ハァ」
膝に手を置いて前屈みの状態で息を整え、無事に降りてこられたことにホッとする。
「ふぅう、助かったみたいだ。よかったよ」
いつのまにか、得体の知れない背後からの視線も消えていた。
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