第20話 神社の天狗

 ここで過す夏休みはあと半分もなくなった。毎日の仕事にも随分と慣れた僕は、夕ご飯を食べた後でも直ぐには眠くならず、二人と話す時間を持てるようになった。


「そういえば、今日はちょっと遠くまでアヒルを連れて行ったんだけど」

「どの辺だ? 上代の方か?」

「う~ん、正確にはどこだか分からない。小山があって頂上になんか建物が見えた」


 今日初めて行った所から見えた建物、それが何かとっても気になった。


「建物が見えた場所からはまだ結構距離があって、行って確かめることは出来なかったんだ」

 僕の言葉に爺ちゃんが少し考えてから答えた。


「やっぱり……上代の神社だな」

 爺ちゃんの顔色が変った。

「あそこに何かあるの?」

「タカ、暗くなったら上代神社に近づいたらダメだぞ」


 爺ちゃんが珍しく真剣な顔で僕を見た。

「それはなんで?」

「天狗が出るからだ」

「天狗って、あの妖怪の?」

「そうだ。前に天狗に会った子が神社で神隠しにあったことがある」

「天狗なんて今の時代にいるわけないよ。え、いるの? ねぇ、ねぇってば、爺ちゃん本当?」


 爺ちゃんのいつもとは違う真剣な顔に、天狗は本当にいるのかと心配になる。


「天狗はちゃんといるぞ。爺ちゃんも子供の頃に見たことがある」

「え! 本当? じゃ教えて! 天狗って翼あるの? 黒い?」

「あ? 天狗の翼? あったかなそんなの。あっても黒くは無いな」

「そうか……二階にあったのが天狗の翼かと思った」

「二階にあった翼? タカ、二階に上ったのか?」


 うっかり口を滑らせた僕は両手で口を押さえた。


「う、うん、ちょっとだけ」

「注意されただろう? まあ、婆も心配しすぎだがな」

 爺ちゃんは僕が二階に上ったことを問題にしてないようなので、僕は見つけた物について聞いてみた。

「二階の奥に大きなつづらが置いてあるよね。黒くて僕が三、四人は入りそうな……」

「うん? ああ、婆の嫁入り道具のつづらか。それがどうかしたのか?」


「うん、変な音がして……カツンって、何か固い物があたるような音がして」

「音? 古い家だから色んな音がするだろ?」

 そう、まるで世界が動かなくなってしまったみたいに静かで、その音は確かに聞こえた。

「それでつづらを開けてみたんだ。そしたらこれくらいの大きさの黒い翼の置物が入っていた」


 僕は爺ちゃんに右手を握ってその大きさを教える。


「お前の右手くらいの大きさの翼の置物だって? うーん、そんなものあったか?」

 婆ちゃんに聞いた。

「覚えがないねえ。あの中は使わない古い着物が入っているだけだよ」

「そうだよな。それでタカ、その見つけた翼はどうしたんだ?」


 言葉に詰まった僕が小さな声で呟く。

「……無くしちゃった」

「無くしたってどこで? おまえ、アヒルの散歩の時に持って出たのか?」

「う~ん、分からない。ポケットにしまっていたのに……気がついたら無かったんだ」


 婆ちゃんが思い出してくれた。

「タカが野菜になった夢を見た時に、捜し物があるって言ってたね。その後何も言わないから婆も忘れていたよ」


「そっか。ちょっと待ってろ、二階へ行ってくる」

 爺ちゃんは立ち上がり居間の方へ歩いて行くと、しばらくして戻ってきた。

「やっぱり着物だけだった。ただ、これがあった」

「あっ、それ! 僕も見た……なんか、不思議な模様だけど?」


 爺ちゃんが広げたのは小さな風呂敷だった。それは僕が二階で見たもので、黒い翼がくるまれていたらしきもの。こうして明かりの下で見るとかなり上等で古いものだと分かる。


「爺、これ、神社の模様かな?」

 婆ちゃんが尋ねる。

「そうだな、上代の神社の鳥居の模様だな……なんでこんなものが家にあるんだ?」


 神社の風呂敷がこの家にある理由は分からなかった。そしてそれに包まれた黒い翼のことも、爺ちゃんにも婆ちゃんにも思い当たることがなかった。



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