第18話 千鶴の偽らずの感想
お風呂の思い出を話し終えた僕に、横を歩く千鶴がため息をつく。
「まぁ、なんとも立派な、お坊ちゃまぶりですこと」
褒めているとは思えない口ぶりに僕は普通だと訴える。
「そうかなぁ。僕の両親も食堂を営んでいて毎日忙しかったし、爺ちゃん達も農作業で忙しかった。僕がかまってもらえる時間は多くは無かったよ。それにお金持ちでもないしね」
「はぁ、やっぱり分かってない……当事者なんてそんなもの」
再びため息が聞こえた。千鶴の少し僕への嫌味な話は続く。
「えーと、ですね、何を例にとればいいか迷うくらいに大切にされていたのよ、あなたは。好きなだけ寝て、起きたらおむすびが置いてある? いつも頭を撫でられ、一番風呂に入れてもらい、用意されているご飯を食べて、疲れて眠る。それが出来たのは優しい視線がいつもあったから。忙しかったのに、残りの時間は全てあなたのために使ってくれたから」
僕はあたりまえだと千鶴に反撃。
「頭を撫でられるのは子供扱いされているみたいで嫌なときもあった。お風呂も子供には長すぎるし、いつも気にかけてくれたかは分からない」
三十歳に近づいた今、自然の食事がどれほど贅沢だったのかは分かる。
手作りの漬け物、味噌、精米したてのお米。どれも人の手で手間と暇と愛情をかけられた食べ物。望んでも簡単には得られない。都会で暮す大人の僕には特に縁遠いものだった。
だからと言って、千鶴の発言をそのまま受け入れることはできなかった。僕の反抗的な反応に深いため息が聞こえ、千鶴は小さな子供を諭すように言った。
「えーと、ボク、お姉さんの言うことをちゃんと聞いてね!」
「え、どうしたんだ、いきなり口調を代えて」
「だって、ボクは自分で話した子供の頃と全然変わってないんだもの」
「そうですか子供ですか。じゃあギリギリお姉ちゃんに聞くけど、普通の子供は違うの?」
「ギリギリって、もしかしてわたしの歳のこと言ってるわけ? おばさんとか言ったら本気でぶつよ。姪っ子にもお姉さんって呼ばせてるんだからね!」
「それは姪っ子も大変だな……あっいや、綺麗なおばさんで良かったね……イテ」
僕の脇腹に千鶴の左ストレートが入った。
「おばさんは禁止よ! それと、普通の子供は違うよ。そんなに大事にされたことなんかないんだからね。わたしもそうだから分かる。だからすっごく面白かった、あなたの話……なんて言えばいいのかな。ほら、あれよ、あれ!」
「もしかして……原風景?」
「そうそう、原風景。できたての童話のような世界を味わえた。映画やアニメに出てくる昔の風景と暮らしぶりは、誰でも懐かしさを感じる原風景なのよ……分かるかな、タカ君」
原風景……。あれが僕にとって、そうなのだろうか。ふいに二階を探検した時の感覚が戻って来た。淀んだ重い空気、何も動かない何の音もしない場所。
積まれた新聞の日付は僕が生まれる前のもので、全てが昔のままそこに止まっている、不思議な場所。今話したら千鶴はまたお坊ちゃまだと言うだろう。戻って来た感覚のことには触れずに、そのまま千鶴と会話を続ける。
「千鶴お姉ちゃん、前向きに善処しますから、穏便にことをお進めください」
「ふぅ、大人の振りがとっても上手ね、タカ君。フフ、本当に子供の頃から変わっていないのね、あなたは。それでお爺ちゃんの家の二階で見つけた黒い翼の置物だっけ? あなたがずっと探していたものはそれかな?」
「うん、たぶんそうだ。話していて思い出した」
「ついでに、きゃど、ぽん、ぽん、じぃ、も思い出したわけ?」
「天気がいいですね……だよな。意味は」
「やっと思い出してくれた。それでどうなったの? 翼の置物のこと、お爺ちゃんには聞いてみた?」
千鶴が急に核心に近づく質問をしてきた。
「翼の事が気になる? じつは翼の持ち主が現れたんだ」
「持ち主がいたの?」
「そう。黒い翼には持ち主がいたんだ」
「それは誰? お爺ちゃん? それとも……」
「あやかし」
「え? あやかしって妖怪や怪異のことでしょ?」
「あの黒い翼は……持ち主の体の一部だったんだ」
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