第16話 僕には熱くてもぬるいお風呂

 アヒルの見張りは今日で五日目になった。


「まるでアヒルの隊長だな」

 爺ちゃんに言われた。三十羽のアヒルを引き連れている僕を見た爺ちゃんの感想だった。アヒルの世話をするようになってから、朝は七時前には目が覚め、爺ちゃん達と一緒に朝ご飯を食べることが出来ていた。


 そのかわりに、疲れた僕は夕ご飯を食べるとすぐに寝てしまう。そこでご飯の前に一番湯に入る爺ちゃんとお風呂を一緒にすることになった。


 爺ちゃんの家のお風呂は薪を使って沸かしている。火をおこして薪をくべて、お湯を一定の温度にすると、その後は残り火が保温してくれる。四角い緑色のタイルが張られた浴槽には楕円形の木の風呂桶があり、僕と爺ちゃんはかけ湯を三杯してからお風呂に入る。


「爺、もう少し熱いほうがいいか?」

 小さな格子窓から婆ちゃんの声がする。

「婆、丁度いい加減だ。これでいい」


 外で薪をくべる婆ちゃんにそう答える爺ちゃんは、本当はもっと熱いお風呂が好きだ。でも僕のために我慢してくれている。爺ちゃんの普段入るお風呂は熱すぎて、すぐに顔も体も真っ赤っかになってしまう。


 今入っているお湯加減でも僕にはギリギリの温度で、これ以上熱いと茹だってしまう。それでも、爺ちゃんもいつもよりぬるいお湯で我慢してくれているのだから、僕はギリギリの熱いお湯に入る。


「やせ我慢は男の勲章だ!」


 よく爺ちゃんが言っていた。ただ、僕のやせ我慢は長くは持たない。数分で湯船から洗い場に出てしまう。そうして真っ赤な体を冷ましながら爺ちゃんと話をする。洗い場に立ち風呂桶の袖に掴まりながら、今日あったことを僕が懸命に話すと、湯船に肩までつかり、頭に手ぬぐいを置いた爺ちゃんは時々頷きながら聞いてくれた。僕は普段は自分からはあまり話をしない。内気な性格だというのもあるけど、話したい出来事がないからだ。興奮するような出来事、そんなものはそうそう起るわけがない。


「今日、学校はどうだった?」

 お母さんが聞いても、

「休みは何してた?」


 友達に聞かれても、話したいことがない。でも今年の夏休みは毎日話したいことが山ほどある。夕方になって、昼とは違う少し寂しげに聞こえる声で蝉が鳴き始めると、夕日の赤色が風呂場にも入り込み、吹き込んでくる涼やかな風が赤くなった体を冷やしてくれる。


「ねぇねぇ爺ちゃん、なんでアヒルは虫とか雑草を食べるの?」

「お?」

 爺ちゃんは民謡の鼻歌を二番で止めた。


「アヒルにすれば、タカが牛や豚を食べているのが、変だなと思うぞ。おまえが生姜焼きを好きなように、あいつらは虫が好きなんだ。だから食べてもらう。おかげで農薬を使う回数を減らせる。人間にとってもアヒルにとってもいいことだ」


 続けて民謡の三番が始まった。鼻歌が終わると僕の出番だ。アヒルの世話の次の、僕の役割。それは洗い場に出た爺ちゃんの背中をタオルで洗うこと。


「爺ちゃん、このくらいでいいかな」

 力加減を聞くけどいつも答えは同じだ。

「ああ、丁度良い。よし、もういいぞ。じゃあ上がる準備をするか」

 お風呂を上がる準備、僕の一番の難関だった。

(よし!)


 心の中で覚悟を決める。湯船に爺ちゃんと一緒に入り、数を数え始める。

「1~~2~~3~~4~~」

 爺ちゃんとお風呂に入ると、最後に湯船で二十数え終わるまではお湯から出ることが出来ない。いつもの爺ちゃんのお風呂の温度より低いとはいえ、僕の顔はすぐに真っ赤になり、頭がボーっとしてくる。


「18~~19~~20~~はい! 終わり!」

 僕が湯船から立とうとすると、爺ちゃんは僕の肩を押さえて言う。

「よし、おまけだ。5、数えるぞ!」

「ええ! おまけって……もぅ~21、22、23、24、25、はい終わり限界だ~」

「ちょっと、数え方が早いが……よし出ていいぞ」



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