第12話 これからもそうして生きていく
次の日の朝の事。爺ちゃんの野菜談義は続いていた。
「野菜はタカと同じ生き物なんだ。土から抜かれたら野菜は弱ってそのうちに死んでしまう。スーパーに並んでいる野菜は綺麗に洗われ泥を落されて、どこからも栄養をとれない。ビニールにくるまれて息も出来ない。そんな可哀想な野菜に気持ちを聞いてみるといい」
爺ちゃんの言葉は信じられない。野菜がSOSを出す? そんなバカな話は聞いたことがない。
「野菜は喋らないよ。人間と違って話したりしない」
「植物は話すさ。爺ちゃんはその声を聞いて水をあげたり肥料をあげたり、虫をとったりするんだ。それに野菜だけじゃなく爺には何でも分かるぞ。タカが寝坊して婆ちゃんのおにぎりを昼前に食べたこととかもな」
隠していたことをズバリと言い当てられて僕は顔が真っ赤になる。
「そ、そんな……そんなこと無いもん」
「それにタカ、おまえは婆ちゃんとの約束を違えて二階に上ったな。毎日、寝坊助で飯を食べるだけ。他にすることは悪戯だけだ」
いつもの雰囲気と違う、怖い顔で僕を見ている爺ちゃん。
「タカは悪い子だ」
ますます爺ちゃんの顔が怖くなり、僕は必死に言い訳を考える。
「学校がある時と同じ時間には、お、起きているよ。そ、それに二階に上ったのは……えっと、そ、そう、猫なんだ。天井の上でなんか音がするからどうしたのかと思って……二階に上ったんだ」
嘘は言ってない。猫は確かに二階にいた。
「そうか、猫か。それならおまえはこんな音は聞かなかったな?」
カタン……カタン……カタン。二階で聞いた不思議な音が聞こえてきた。
「そしておまえは見つけた。これは、あやかし。人が手にしてはいけなかったものだ」
爺ちゃんの手に握られていたのは黒い翼。それを横にある大きなつづらに、ゆっくりと何度も打ち付ける。カタン、その度に僕が聞いたのと同じ音が響く。
「あやかし? やっぱりその翼が音を立てて……あっ!」
ギロリと僕を見た爺ちゃんの表情は鬼のようだった。
「やっぱり嘘をついていたか。仕方ないな。野菜の気持ちを味わってみるといい。それで少しはいい子になるだろう」
爺ちゃんが逃げようとする僕を捕まえた。もがいて逃げようとしても、爺ちゃんは恐ろしいほど強い力で、僕はまったく動くことが出来ない。
「ぼ、僕をどうする気なの?」
爺ちゃんの怖い顔が近づいてきた。
「どうするだと? 勿論、タカを出荷するんだ」
爺ちゃんに抱えられて家の外に出ると、仮面を被った黒い作業着の人が待っていた。仮面の人は僕を爺ちゃんから受け取ると、トラックの荷台に乗せた。
「僕はどこにも行きたくない! 婆ちゃん、爺ちゃん、助けて!」
バサっとトラックの荷台のカバーが掛けられた。厚いビニールに覆われて懸命に足掻く僕の声は誰にも届かない。トラックの荷台には子供がたくさん積み込まれていた。押し合いへし合い、四方からギュウギュウ押されて息も苦しくなってきた。
「く、苦しい、助けて……もうしないから。嘘なんかつかない。朝は早く起きるし家の手伝いもするよ……だから助けて、爺ちゃん、婆ちゃん!」
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「……どうしたタカ?」
婆ちゃんの心配そうな声で目が覚めた。僕は汗びっしょりだった。心配そうに僕を見ている婆ちゃんは、ほんの些細なことでもすぐに気が付き、深夜でも目を覚ましてくれる。
「怖い夢でも見たのか?」
心配する婆ちゃんは僕の様子を見ていた。額からは汗が噴き出し、寝間着も汗でグッショリと濡れている。僕は汗だくのまま婆ちゃんに訴えた。
「野菜になった夢を見た……とっても怖くて辛かった。爺ちゃんに出荷されたんだ!」
婆ちゃんはクスリと笑った。
「そうかい、それは爺ちゃんが悪いな。明日怒ってやろう。それでなんで爺はタカを野菜にしたんだ?」
婆ちゃんの質問に困る僕。
「それは……僕が……えっと……あの」
うまく説明できない。下を向いた僕の髪と体を手ぬぐいでふきながら婆ちゃんは頷いた。
「そうか、忘れたならそれでいい、夢の話だからな。寝間着は着替えたほうがいいな。今準備するから」
僕から離れて着替えを取りに行こうとする婆ちゃん。その後ろ姿に、僕は夢の内容を一気に話す。
「婆ちゃん! 野菜になったのは僕が寝坊助で爺ちゃんに隠しごとをしていたからだ。それは婆ちゃんにも……ごめんなさい」
僕の声に振り向き、分かったと婆ちゃんは頷いた。
「それで野菜になったタカは、どんな目に逢ったんだ?」
婆ちゃんの言葉に堰を切ったように一気に夢の内容を話し始める。
「辛かったよ、すっごく苦しかった。キャベツも大根もあんな目にあうの? 爺ちゃんが言っていた野菜にも心があるって本当なのかな。住んでいる場所から出荷されて、食べられるなんて嫌だよ。野菜には……いや肉やお米にも心があるの? それなら可哀想だよ」
「野菜が可哀想か。ならいつものように……手を合わせていただきます。そう言えばいい」
婆ちゃんは僕の髪を撫でながら言った。
「そうやって生きてきたんだよ。そしてこれからもそうして生きていくのさ」
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