第11話 野菜の言葉
目が覚めると重い布団が僕を押さえ込んでいた。天井には緑の蚊帳が吊られている。このまるで前に見たような景色は……あれれ?
「昨日見たじゃん……ふう~、参ったなぁ~また寝坊助だなぁ」
どうやら朝まで寝てしまったらしい。昼寝から次の日の朝まで真剣に眠って朝寝坊をするなんて、いったい僕は一日に何時間寝ていたんだ?
縁側の廊下には昨日と同じようにおむすびが二つ置かれており、爺ちゃんと婆ちゃんはとっくに仕事に出かけたようだ。
「ふぁああああ、それにしてもよく寝た。それにお腹が空いた」
食べては寝て、遊んでは寝て、また食べる。一日がとても短くて、このままではあっという間に夏休みが終わってしまう。もっと早く起きないと……おにぎりを食べながら反省する。同時に何か心の隅に引っかかるものがあった。何か忘れていやしないか。
「なんだっけ? なんか大事なことを……うーん、なんっだっけ?」
喉に魚の骨が引っかかったみたいに気持ちが悪い。その時、ボン、ボン、柱時計が十一時を知らせた。
「もう十一時か。昨日はこの時間何をしてたっけ……あっ! そうだ、黒い置物だ! 昨日二階に上って見つけたんだ。あの翼の置物は? 確かポケットに入れたはず」
半ズボンのポケットを探すが何も入っていない。どうしたんだ? もしかして婆ちゃんが見つけてどこかに仕舞った? 僕を寝かせる時に気がついたのかもしれないなと僕は推理する。
「二階に上ったことがバレバレだよ、どうしようか」
置物を返してもらうには昨日のことを全部話す必要がある。でも僕は婆ちゃんに二階に上ってはダメだと言われていた。
「大きくてすべすべしていたから、ズボンのポケットから滑り出ちゃったのかもなぁ」
婆ちゃんに聞く前に、まずは家中を探してみることにした。
「お~い、タカ帰ったぞ……うん? 何してるんだ?」
囲炉裏に顔を突っ込み、置物を探していた僕は顔をあげる。灰を被った顔を見て爺ちゃんが首をひねった。
「そんなに囲炉裏が好きなのか? 昨日も見てたよな?」
「え、あ、うん、うん、好き好き。僕の家にもあればいいのにね」
「ふーん、珍しいもんが好きなんだな」
爺ちゃんが首を傾げる。その後ろから婆ちゃんが声をかける。
「タカ、お腹空いたろ? すぐに昼ご飯にするからな」
黒い翼を探して家中を走り回ったのでそれなりにお腹は空いていたけれど、十一時に大きなおにぎりを二個食べていた。それでも、よそってもらったお茶碗の中を見て食欲が増した。
「やった! 焦げご飯だ! これ好きなんだ!」
電子ジャーでは出来ない焦げご飯が爺ちゃんの家ではできる。ご飯の炊き方が違うからだ。かまどに鉄鍋を掛け、薪で火をおこし米を炊くと、強火の火がこんがりとした茶色いお焦げご飯を作ってくれる。
白いご飯はもちろん好きだけど、お焦げご飯はまた別の美味しさがある。僕は自分の家でおこげが食べられないことを残念に思っていた。
「うぁあ、やっぱり美味しい!」
僕は山盛りのお焦げごはんを全部平らげた。
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その日も終わり、布団に入った僕は考えごとをしていた。
「もう三日たった。とっても早い。早すぎる。どうしよう、このままだと……」
寝ているか、食べているか、慌てているか。そんな三日間を思い返す。
「よし、明日からは朝六時に起きる。七時でもいいかな。えーと、八時にしとこうかな」
だんだんと決心は怪しくなったけれど、とりあえず今日より早く起きればいいことにする。
「明日から毎日三十分ずつ早く起きれば、十日後には爺ちゃん達と畑へ行ける。よし! それでいこう!」
ぶつぶつと独り言を言いガッツポーズする僕を心配した婆ちゃんが隣の布団から聞いた。
「どうしたタカ? どこか苦しいのか?」
「え? いや、なんでもないよ。もう寝るよ、おやすみなさい」
「そうか、おやすみ」
婆ちゃんは僕が泊ると布団を横に敷いて一緒に寝てくれる。夜になるととっても静かで周りも真っ暗になる。僕は一人では眠れなかったし、夜のトイレには一人で行けない。
(だって、便器から手が出てきて僕のお尻を撫でたらどうする?)
「どうしたタカ? 眠れないのか」
寝ていても僕が起きるとすぐに目を覚ます婆ちゃん。
「婆ちゃん……ごめん、もう寝ていいよ。朝早いんだから」
「タカが寝たら婆も寝るから、心配するな」
「うん、ねえ、婆ちゃん。昨日無くし物をしたんだ……知らない?」
「無くし物? 明日婆が探してやる。心配しないで寝ろ」
「うん……それと、野菜は言葉が分かるって本当なの?」
「うん? ああ、爺が言ったことか……どうだろうな」
「え? 婆ちゃんには聞こえないの? 野菜の言葉が」
「そうだな、野菜は人の言葉を話したりはしない。でも気持ちが分かるかと言われれば、それはあるかもしれないな。野菜も人間も生きているから繋がりはある」
「繋がり? そうなの……僕も分かるようになるかな」
「野菜の気持ちを知りたいのか? だが寝坊助のタカには野菜は話してくれないかもな」
「ええ! 明日から早く起きるんだから大丈夫……おやすみなさい!」
僕は寝坊助がばれていたことが恥ずかしく、頭が隠れる程スッポリと布団に潜り込んだ。軽くて暖かい布団もいいけど、分厚くて重い布団は鉄の鎧のように僕を守ってくれている。
大好きな婆ちゃんの横で、僕は安心してすぐに眠りにつくことが出来た。
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