第9話 謎の置物

 爺ちゃんの家には、牛や犬、チャボ、猫など動物が沢山いる。この猫もその内の一匹、どうやら人が来ない二階は猫の縄張りらしい。今まで天井裏で昼寝をしていたのか、あくびをしながら縄張りへの侵入者を見に来たようだ。


「早く帰れ、昼寝の邪魔をするなよ」

 たぶんそんな感じの顔で、猫は僕を見つめると天井の奥へと帰っていく。猫が視界から消えたと同時に一気に体中の力が抜けた。


「ふぅ、あー、びっくりした……人間には物置だけど、猫には立派な家なんだね」

 安心して気が緩んだ時、カタン、後の方から音が聞こえた。一瞬で体が固くなる。

「また猫?……まだいるの?」


 また猫かも知れない、でも……。確かめようと決心して音がした方に向う。カタン。またも音が聞こえた。何か堅いものが床に落ちたような音。


「この家は古いから色んな音がするんだ。気にすんな……たぶんだけど」


 自分に無理矢理言い聞かせたけれど、何度も同じ音がするものだろうか。外と遮断され、時間の止まったような二階の空間に封印された何かが、僕の影響で目を覚ましたのかもしれない。


 僕はまるで冒険アニメの主人公のように選択を迫られた。

「音の正体を明かすか」それとも「階段を降りて冒険を中止するのか」。

 ここで正体を確かめないと、二度とこの部屋に上がって来られない気がする。


 一番怖いのは自分の勝手な妄想だ。心が造り出すモンスターや妖怪、原因が分からない怖さで大好きなこの家を嫌いになりたくないと思った。それにもう少しでお昼の時間だ。爺ちゃんと婆ちゃんが帰ってくる。二階にある柱時計は止まっていて正確な時間は分からなかったけれど、僕は決心した。


「ふぅうう~~よし……いくぞ!」

 息を大きく吸って、吐いて、全身の力を抜いた。鼻から淀んだ空気は埃の匂いがした。気持ちいい深呼吸ではないけど、ちょっとは緊張が取れて楽になった気がする。


「よーいドン!」

 学校の短距離走でも見せたことが無いくらいの猛ダッシュで走り、トタンで出来た雨戸を一気に開けた。正午近くの強烈な光が入ってくる。

 「眩しい!」

 思わず口に出た外の明るさ、そのまますぐに隣も窓もその隣の窓も開け放っていく。お日様の光が、暗闇に慣れていた僕の目をちょっとの間、見えなくしたけれど、流れる新鮮な空気と光の筋が二階を満たしていく。


 同時に爽やかな風が吹き込み、さっきまでの重たい空気と僕を押さえつけるような変な感じは一緒に吹き飛ばされた。


「これが最後の一枚!」


 道路側の四枚目の窓を開け放った。

 大きな音を立てて普通じゃない窓の開け方をする僕に、道を歩いていた近所のおばさんが上を見上げて話しかけてきた。


「あら、タカ君。いつも元気だね。今日は二階の掃除のお手伝いかい? 感心だね」


 お手伝い偉いねと褒められた僕は、恥ずかしくなっておばさんに頭を下げる。するとおばさんは笑顔でお日様を見上げて僕に言った。


「今日はきゃどぽんぽんじぃから、気持ちいいね」

  きゃどぽんぽんじぃは、この町の昔言葉で「天気が良い」事をさす。

「う、うん、そうだね。とっても気持ちがいい」


 僕の返事に頷いたおばさんは歩き始めた。目の前にあるのは異次元空間ではなく、近所のおばさんと挨拶をするいつもの日常の風景。強い夏の光に照らされる二階の部屋はなにもないただの部屋だった。


「やっぱり……異次元空間とか妖怪なんているわけない……ね」

 安心しながらも、ほんのちょっぴりガッカリした僕は明るくなった二階を見渡してみた。


 物置として使われている二階には多くの物があった。その中でも僕の注意を引いたのは「大きなつづら」だ。木で出来ている大きな黒い箱は大人が入れそうなくらい大きい。


「もしかして、音を出したのはこれ?」


 僕は何故か、これがカタンと音を出したものだと思った。上フタに耳をつけて息を止めて、耳を澄ましてみる……が、カタンという音は聞こえない。聞こえるのは、風が家の周りの木を揺らす、ザザ、ザザザザという音。ダダダと遠くから微かに聞こえるトラクターの音。チ、チチチ、小鳥の鳴き声。開け放った窓から入ってくる、いつもの日常生活の音だけ。


 僕なら四人くらい入れそうな目の前の大きさのつづらには蝶番がついている。丸い金属の筒を回すと蝶番は外れた。楕円刑に盛り上がったつづらの上フタに、手を差し入れると慎重に持ち上げた。ギギギィィと軋むような音をたてながら、つづらのフタが開いた。中を覗き込むと古い着物がたくさん入っている。箱の中へ体を乗り出して、つづらの底の方もあさってみたけれど、どうやら着物ばかりが詰まっていそうだった。


「着物ばっかりだなぁ。これじゃあ、カタンなんて音がするわけないよね」


 柔らかい着物がぎっしり詰まったつづらの中から、堅いものが当たる音は聞こえるわけがない。僕がこのつづらに注目したのは、普段見たことのない物にただ興味を引かれたからだけだったのかもしれない。


「僕の勘なんて当たるわけないよね」


 他に音を立てそうなものを探そうとつづらの蓋を閉めようとして、目に止まった物があった。それは何かの模様みたいで、大きさは僕の掌くらい。さっきはまったく気が付かなかった。


「着物に模様が浮かび上がった? そんな馬鹿な」


 窓から入ってくる昼の強い日差しと心地良い風は僕を強くしてくれる。模様が浮かび上がった着物に顔を近づけてみる。何か違う。他の着物にある模様と違い、それは立体的に浮かび上がって見えた。手を伸ばすと固いものが指先に当たった。


「これは……なに?」

 固く黒い艶やかな材質は分かるけれど、これが何であるのかまったく分からない。

「なんでこんなものが? それに……この下にあるのは着物じゃない?」


 黒い塊が置かれた布は着物ではなく広げられた小さな風呂敷だった。見た感じから、塊は風呂敷に包まれて大事に保管されていたと思われた。さっき僕がつづらの中を探したときに風呂敷がほどけて、これが出てきたのかもしれない。


 けれど本当にこれは何だろう? 大きさは僕の掌くらいで、堅くてなめらかな感触がする。動物の一部にも思える形は、鴨や鳩の翼に似ている。でも羽毛らしい物は生えていないし、表面は綺麗に磨かれてつやつやとしている。


「木彫りの置物かな? なんでこんな所にしまってあるの?」

 ダ、ダダ。ダダダ……。遠くの方から聞き覚えのあるトラクターの音が聞こえてきた。


「じいいちゃん達が帰ってきた! やばい、お昼になったんだ!」

 二階に上ることは「危ない」と、婆ちゃんから禁止されている。慌てた僕は、鳥の片翼形の黒い置物をズボンのポケットにしまい込んだ。

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