第6話 寝坊助の独り言

ピ、ピ、ピピ……何の音? ここはどこ? ……今何時? 僕の頭に沢山のクエスチョンが並ぶ。……ボン、ボン、ボン、と鐘を打つ音が聞こえる。


 柱に掛かった大きな時計が知らせてくれる音の時間、数えていた僕はハッとする。

「うあぁあ、もう十時だ! お母さんに怒られる!」

 慌てて跳ね起きようとするが布団が凄く重い。布団が邪魔をして起き上がれず途中で力尽きて、再びぱたりと仰向けに倒れた。


「なんでこんなに布団が重いんだろ?」


 寝ぼけ気味に天井に目をやる。天井からは緑色の細かい網が四方に吊られており、テントのように僕の寝ている布団を囲っている。

「これってたしか蚊帳……細かな網で蚊を防ぐ……そうか、僕は爺ちゃんの家に来ていたんだっけ」


 木漏れ日が僕を照らす。家の周りに植えられた木々が太陽の強い光を優しくしてくれる。一緒に新鮮な空気も流れ込んでいる。午前十時を回り、外は気温が上がり始めている。それでも家を守る木々は住む者に暑さを与えたりしない。


 家の周りに植えられた木には百年も経つ大きな木があり、そこに若い木も混ざり小さな林となっている。枝葉は低い位置から高い場所にまで広がり、絶え間ない葉っぱの緑のカーテンを作る。緑のカーテンを通った空気は穏やかな風になる。


 風の心地よさに再び目を閉じた僕は、胸に手をやり大きく深呼吸してみた。胸に抵抗を感じる。小さな僕には身動きが出来ないくらい重くて厚い田舎の掛け布団。

 盆地のこの町は真夏でも、夜は寒さを感じる程に冷える。昼は四十度近くある気温が夜は二十度まで下がる。


「風邪をひかないように、婆ちゃんがかけてくれたんだ」

 眠る前だと厚い布団を「暑いからそんなのいらない」と僕が言うから、眠った後にそっとかけてくれたんだろうなぁ。この綿が沢山入った布団の重さと少し湿った感じが、僕の爺ちゃんの家の感触だった。


「そっか……夏休みは一人で爺ちゃんの家で過ごすんだった」

 爺ちゃん達は四時に起きて畑に出る。十時を過ぎた今は畑仕事の真最中だろう。

「もう畑への肥料配りは終わっているかも」


 肥料は日が強く射す前にやらないと乾燥してしまい土に染みこまない。それが本当なのか寝坊助には確認することは出来ない。


 夏休み初日、爺ちゃんの家に僕は一人ぼっち。十時三十分……柱の古時計がゆっくりと振り子を左右に揺らしながら時間が進むのを教えてくれる。コチ、コチ、コチ、時を刻む音が聞こえる。


 毎日爺ちゃんが脚立に上り時間を合わせる柱時計はいつも正確だ。そして時計の音は僕が爺ちゃんの家にいることを教えてくれる。僕の家に有る時計は音を立てて時を刻んだりはしない。電波をキャッチして正確な日本の標準時間を表示するだけ。

 古い柱時計は時計自身で、ゆったりとした時間の流れを作っているみたいに感じられた。


 ピ、ピ、ピピ……名前も知らない小さな鳥が縁側で鳴いている。


 僕が寝ている一階の座敷は内から、座敷、障子、縁側、窓、雨戸の順で囲まれている。冬の寒さがどれだけ厳しいかが分かる作りだ。


 こんなに囲まれて外まで距離があっても、小さな鳥たちの声は僕の耳に届いている。心地良い緑の風と一緒に流れる小鳥の声。コンクリートとサッシで頑丈に密閉された部屋でエアコンをかけていたら、気づくことのない、小鳥の声とカサカサと木の枝がすれる音が聞えていた。


「よいしょ!」


 小鳥に興味を持った僕は力を込めて重い布団を引き上げ、起き上がる。そして目の前の緑色の蚊帳をつまんで出口を開け、蚊が入らないように素早く蚊帳をくぐって座敷へ出る。

 鳥は縁のカーテンの先に降りて何かを啄んでいた。


「ねぇねぇ、何を食べているの?」

 座敷から縁側へ出た僕に驚いた鳥たちは一斉に飛び立った。

「あっ、近くで見たかったのに……」

 肩を落として思わず呟く。


「仲良くしたいだけなのに、危害なんて加えないのに……なんて通じはしないよね」


 動物と話せたら楽しいだろうなぁ。小鳥に何をしているか聞きたいし、それに近所の大きくて黒い犬とも仲良くなれそうだ。近所の犬に吠えられないか、ドキドキしながら散歩するのはちょっとカッコ悪いと思っていた。


 縁側でゴロリと仰向けになって、しばらくなにも考えないで天井を見つめていたら、ピピ、ピピ……鳥たちの声が聞こえてきた。僕がリラックスすると、さっきよりも近くまで寄ってきた小鳥たち。

「そっか。言葉は通じなくても分かるんだね」

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