第3話 大冒険は夏休み
ガタン。強い揺れで目が覚めた。電車に乗ってから二時間、もうすぐ目的の駅に着く。改札で駅員さんに切符を渡した。
「タカ君、今年も来たの? 今年は一人?」
「うん」
駅員さんの声に僕は短く返事をする。
「そうか、もう小学校は夏休みになったんだね」
笑い顔を見せながら僕を歓迎してくれる駅員さん。
「また楽しい夏休みだといいね」
「うん」
今度も僕は短い返事をした。改札を出て外に出ると、真夏の強烈な太陽の日差しに、一瞬目が見えなくなるくらいだった。手で目を押さえて明るさに目が慣れるのを待っている僕の耳に、お腹に響く音が聞こえた。
ドロン、ドロン。大きな音を響かせて、大きなバイクが駐車場に停まっていた。黒い革ジャンに黒い革のパンツ。いかつい飾りのついたライダーブーツを履き、黒いつや消しのゴーグルをかけた……。
爺ちゃんだった。全身を黒革でまとめた派手すぎる出で立ちにポカンとしている僕を見て、爺ちゃんは僕が気付いていないと思ったのだろう、大きな声で僕の名前を呼んだ。
「おーい! タカ! こっちだ! こっち!」
のどかな町の人達がいっせいに僕を見る。僕は顔が熱くなるのを感じる。
「じ、爺ちゃん! 声でかい! バイクの音でかい! 手振りでかい! 全部がでかい!」
通信簿には「口数が少なくて大人しい」と書かれている僕でも、この時は大きな声で「でかい!」を連発していた。
爺ちゃんはちょっと派手過ぎる。雪がたくさん降る土地にも関わらず、大型バイクをど派手に乗りまわしている。市町村合併というので、この町は名前が変り「町」から「市」になったけど、いまだに「町」と呼ぶお年寄り達は、古い時代の自由を持っていた。
「おーい、タカ? 聞こえているのか!」
(うあぁ、忘れていた!)
我に返った僕に、どでかバイクが爆音を奏でる。「どでかバイク」はアメリカ製のバイクで、僕はすごく格好いいと思うのに、爺ちゃんは日本のバイクに乗りたいと時々呟いていた。爺ちゃんの乗りたいバイクの名は「陸王」と言って今は手に入らないバイクらしい。陸王がどんな音を出すのか分からないけど、バイクはもう少し静かな方がいいと、僕は思う。
この町の真夏の日中の気温は35度を軽く越える。冬は凍えるくらい寒い場所なのに、夏はとても暑い。大きな山に囲まれた盆地特有の気候。山に囲まれ熱が逃げないので、夏は気温が上がりやすいのだ。
僕は爺ちゃんの所へ走った。息をあげる僕の全身から汗が噴き出した。
「はぁはぁ……爺ちゃんこんな所で、そんな派手なバイクで……はぁはぁ……暑い」
息が乱れる僕を見るゴーグルの奥の爺ちゃんの目は、嬉しさで大きく見開かれていた。
「よく来たな。今年もタカを待っていたぞ。軽トラよりこれがいいと思って、お前のためにバイクを整備したんだぞ」
爺ちゃんは腰に差し込んでいた手ぬぐいを引っ張りだして僕の顔を拭いた。サラサラした生地の手ぬぐいで拭かれ、感じていた暑さが少しだけ和らぐ。
「ありがとう……でもね、さっきまでは……そんなに暑くなかったんだ……よ」
「そうか、そうか」
(爺ちゃんは派手すぎる)
僕のちょっとした不満を聞きながら、爺ちゃんは手ぬぐいを腰に戻し、僕の頭をポンポンと叩く。その後、バイクに備え付けてあった大きなヘルメットを持ち上げると僕の頭に被せた。
大きめの顔全体を覆うタイプのヘルメットは大人用、僕には大きくて、そのままでは頭の中心と位置がちゃんと合わない。
「タカ、ヘルメットはちゃんと被れ。あごひもを強く閉めろ。そうじゃないと落ちるからな」
遊びに来た初日に怪我をしたら、たまったもんじゃない。
夏休みの度に、僕はお母さんの実家に遊びに来るのが習慣になっていた。
今年は初めて一人で電車に乗ってやって来た。駅員さんとも顔見知りになったし、町のこともだんだんと分かってきたけど、爺ちゃんの歓迎にはちっとも慣れていなかった。
「去年は軽トラの荷台から落ちたっけな……」
思い出しながらヘルメットを左右に動かして深く被り直すと、あごひもを強く結ぶ。
「ヘルメットは暑いなぁ。爺ちゃん、ヘルメットは被ったよ。でもちょっと待って……まだ準備が」
爺ちゃんのバイクの後ろに座り、爺ちゃんの腰に手をまわそうとした時、すでに爺ちゃんは発進しようとしていた。
「え、え、ちょ、ちょっと待って!」
急いで後席用のステップに足を乗せて爺ちゃんの背中にしがみつく。その瞬間に後輪が一回転してバイクが反転、駅から反対側の町の本通りへと進行方向を変えた。ゴムの焼ける臭いがヘルメット越しに鼻に届く。
「それじゃあ、行くとするか!」
爺ちゃんの出発の合図が聞こえ、僕の体は振り落とされそうなくらいに強烈な衝撃を受けた。お尻がふわっと浮き上がり、僕の体にもの凄いGと風圧が襲いかかった。
「爺ちゃん、爺ちゃん、ちょっと待ってよ、落ちるって!」
急加速するバイクの振動に、ずり落ちそうな体を必死に立て直しながら、爺ちゃんの背中に強くギュウっとしがみつく。
「ゆっくり走って! 安・全・運・転・だ・よ!」
風を斬り裂く加速中のバイクの音に、僕の悲鳴は完全に消されていた。嬉しそうに運転中の爺ちゃんが後ろを振り向き僕に語りかける。
「天気がいいなあ、夏の青い空と入道雲を見ると気分が良くなる。バイクだと特にだ。なあタカ、気持ちいいな、楽しいな!」
「ち、違う!」
怖くて暑さには関係ない汗を大量にかき始めた僕は、大声で爺ちゃんにお願いする。
「もう少しスピード落して、爺ちゃんお願い!」
「が、ははは」
大きな笑い声を響かせながら、どでかバイクは爺ちゃんの家へと向った。
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