第13話

 普段とは違い、なにか気持ちが爆発して暴走している希海さんの姿を目の当たりにした俺は、宥めるのに必死だった。

 好きと言われて決して嬉しくない訳ではなく、どうしてそんなことを言うのかが気になっただけ。


「気持ちは十分に伝わりました、でも……」


 でもこんな曖昧な感情でその想いに応えてはいけないと思い、断ろうと口を開いた。

 だけど希海さんは遮るようにこう言った。


「分かってる……翔太君の思ってることぐらい」


「だったらどうしてそんなことを……!」


「……そうでもしないと、二度と気持ちを伝えられなくなるから」


 その言葉は一体どういう意味なんだろうか?


「私ね――」





 ☆





 落ち着いた希海さんはその後、何も無かったかのようにバイト先に戻っていった。別れ際の暗い表情を隠せぬまま。

 俺は希海さんが去ってから、あの後告げられた話の事をずっと考えていた。


『私ね、お見合いすることになったの……』


 あの希海さんがお見合いをする、そのときの表情が忘れられなかった。

 ただそれを告げられて、少しだけほっとした自分も居た。


「俺より素敵な人だといいな……」


 希海さんの事は好きだ、でもそれは人として。俺は恋をしたことがないから、その気持ちが分からない。

 石川先輩は俺の事が好きだと言ってはくれてるが、正直先輩の事何も知らない。神崎さんも同様にあまり知らない。

 ただ先輩とは違って同じクラス、アパート、バイト仲間だから他の二人よりは交流機会は多い。


「これからどうなるんだろうな、俺は」


 この先の事なんて誰も分からない、でも前よりは良いのかもしれないと心の何処かで確信を持った俺だった。





 ☆






 日が沈み、夕方になった。

 家の外に出ずに大人しく勉強をしていると、部屋のインターフォンが鳴り響いた。


『あ、鷹崎君大丈夫?』


「ごめん、心配掛けちゃって……もう大丈夫」


『えっと、お邪魔しても良いかな?』


「いいよ」


 多分このままの状態で居るのが悪いと思ったからだろう。

 俺は神崎さんを迎えに玄関に向かった。


「お、お邪魔します……」


「いらっしゃい、何もないけど適当に座って?」


 俺は冷蔵庫から、ペットボトルに入っている緑茶をコップに注いで神崎さんの前に置く。

 神崎さんは優しく微笑んでありがとうと言った。


「……聞いたよ、先輩とのこと」


「そっか」


 俺は何も言わない、一応吹っ切れてはいるけど改めて俺はなんてバカなことをしたんだろうと思った。

 それと同時に皆が俺から離れていくのが怖くなって、俺は俯いてしまう。


「……神崎さんはどこにも行かないよね?」


「え?」


「あ、いや、何でもない!」


 俺は顔をあげて笑って誤魔化す、だけど神崎さんは真剣な顔で俺を見入る。俺は怖くなって再び俯く。

 真剣な顔とは裏腹に優しい言葉が帰ってきた。


「私はどこにも行かないよ、しょうくんの傍に居てあげたいから」


 いつものように笑う神崎さんの顔が、普段より数倍以上魅力的に見え世界が止まったかのように感じた。

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